麻衣は輝之と特別に約束している訳ではなかったが昼に時間があると決まって例のバーガーショップに足を向ける様になった。二人は奥の小さなテーブルで向き合って座り黙ってバーガーにかぶりついた。彼は毎日同じ物を食べても全く苦にならないらしかった。

輝之は相手の事などてんで目に入らないと言う風に食事していたが麻衣の目はじろじろと若者を観察していた。何か魂胆がありそうな眼付であり、彼を値踏みしている風でもある。

真世は輝之とその行きつけのバーガーショップで初めて引き合わされた。真世は初め麻衣がその若い男を「テル君、テル君」と親しげに呼んで気に入っている様子なのが腑に落ちなかった。どう見ても格好いいとは逆立ちしても言えず、太って体中の関節が緩んでいて顔も体も凡そ締まりがない。

しかし麻衣はやけにこの男を高く買っているらしかった。

「彼はたとえば百万円を一万円ずつ百口に分けて投資しても全部の投資先の銘柄や値動きをその場ですらすらと言えるのよ。超人的な記憶力なの」

「それならどうしてまともな学校を出てエリートコースを歩かないの?」

麻衣は首を振った。

「アスペルガー症候群なのよ。人とうまくしゃべれないの」

「何よ、そのアスペルガー何とかと言うのは?」

「一種の発達障害ね。でもアスペルガーの人は頭のいい人が多いのよ。彼はデイ・トレーダーで一億稼いだらしいの。彼が言うには九千九百九十九万九千九百九十円稼いだところでつまらなくなって止めたんですって。どうしても最後の一桁の九が八になったと思ったらいきなり十一になったりしてぴったり九で揃わない。数字の形がみっともないからいや気がさしたんだって」

「で、そのお金はどうしたの?」

「お母さんに金が欲しいかって聞いたら要らないっていうから全部仮想通貨に換えて今でも持っているらしい。目下取引中のも含めて全部で一億数千万はあるって言うのよ」

どうして彼の母親は金が要らないと言ったのかと聞くと息子の話を信じなかったからだと言う。

「もしそれが本当の話だとしたら完全に頭がいかれているわ」

「いかれているか、天才かどっちかよ。テル君は要するにロボットにたとえるとどこかの部品が欠落したまま世の中に出て来たってところよね。一方である部分の部品は超精密で最高の機能を持っている。普通の人の出来ないことは出来るけれど大抵の人が出来ることが出来ない」

「世の中で部品が欠落している人は私も結構知ってるわ」真世はやや皮肉を込めて呟いた。

「でも言っておくけれど彼は私たちの役に立つ人間よ。だからあんたも仲良くして貰いたいわ」と麻衣は会話を締めくくった。

ある日のこと彼女はようやく意を決したと見えて輝之に実はあなたに頼みたいことがある、と切り出すと、輝之は僕もあなたに頼みたいことがあると言った。

【前回の記事を読む】「なぜパソコン教室で働いていたの?」旧知の男が持っていた脅威の能力とは…