「うん、凄く有望だと思うけど、専務が取ってきた仕事だから、専務が責任者でやってくれると思っていたのに」

「馬鹿野郎! お前は、目の前に転がり込んできたチャンスから逃げるのか!」

「このビジネスこそ、お前を一人前の経営者に育てるチャンスだと期待している、俺の気持ちが解らんのか!」

「やれるものなら、俺がやりたいよ! だが、俺が万鶴を辞めて、この工場を借りられなくなったら、このチャンスは消えるんだぞ! この工場が在ったから、エンゼルスのOKが出たんだぞ! 甘ったれるのも、好い加減にしろ!」

「いや、そう言う意味では無くて」

「やかましい! 男なら、愚図愚図言わずに死ぬ気になって、やってみろ!」

激昂する恭平を、社長の立場を忘れた父親が嗜めた。

「恭平、お前の気持ちは有り難いが、誰だって初めての仕事に飛び込むのは不安なものだ。誰もがお前みたいに、怖いもの知らずじゃないんだ」

(俺が、怖いもの知らず⁈ 何を言っているんだ! 俺は正真正銘の臆病者だよ)

(臆病者だからこそ、会社を倒産させるのが怖くて、従業員や弟を路頭に迷わすのが怖くて、どうすれば生き残れるかを懸命に考え、必死に動き回っているんじゃないか)

(どんなに臆病でも、怯懦にはなりたくないと歯を食いしばっているのが、親父には解らないのか!)

父親と弟を前にして言葉を失い、恭平は孤立していった。

従来の給食弁当や折詰の製造を続ける傍ら、エンゼルスから指摘を受けての改修工事が始まった。それまでの開放的なレイアウトから、下処理、調理、炊飯、盛付け、仕分けなど、部署ごとに部屋が仕切られての慣れない作業に、「窮屈だ」「不便だ」の声が上がった。

それでも、慌ただしく環境が変わり、形態の違う弁当やおにぎりの試作が始まるにつれ、新しい何かが始まろうとしていることに、社員の誰もが不安と同時に胸を弾ませた。弁当や寿司、おにぎりなどの米飯商品は、お店の主要カテゴリーであるだけに、エンゼルスの方針で、一地区二ベンダー制が原則とされていた。

広島地区も例外ではなく、最初の一号店から二社でアイテムを振り分けて製造、納品する仕組みが採用された。ひろしま食品と店内競合することになった瀬戸内フーズは、以前から大手パンメーカーの系列店へ弁当やサンドイッチの納品を生業としていた。それだけにエンゼルスへの納品に抵抗感はなく、初めて製造卸業務へ参入するひろしま食品はスタート時点から一歩も二歩も後れを取っていた。

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