二〇一四年初秋

ヒョンソクはベッドの周りに引かれたカーテンの隙間から医師を観察した。

医師はコンピューターの画面をじっと見つめている。ヒョンソクは悪い予感がした。

今が人生の重大な瞬間ではないだろうか。"あれ"なのだろうか。

医師はため息をつくと椅子から立ち上がり、彼のほうへ歩いてきた。ヒョンソクは頭を枕に預けて眠っているふりをした。まだ心の準備ができていなかった。だが彼はすぐに気を取り直した。

大丈夫、きっとなんでもない。

ベッドに近づいてきた医師は、彼が眠っていると見て、コンピューターのほうへ戻っていった。

これ以上医師をだますのも気が引けたので、ヒョンソクは目を開いて咳払いをした。医師が顔を上げた。

「ああ、目が覚めましたか」

二人の目が合った。

「眠ってしまいました」

ヒョンソクは言い、体を起こした。医師はベッド横の椅子に腰かけ、少しの間無言で彼を見つめた。ヒョンソクは覚悟した。彼は話をしてくれというように、明るい表情を医師に見せた。

「誠に残念ですが、病院にいらっしゃるのが遅すぎたようです。ただちに大きな病院へ移っていただかなければなりません」

ヒョンソクは病院の外へ出た。煙草に火をつける。四か月ぶりの一服だった。降り続いていた雨が煙草にかかった。

おそらく、雨が煙草をやめることを手伝おうとしているのだろう。彼は雨がしのげる場所へ移り、また火をつけた。これでとうとう自分に立てた誓いを破ってしまったわけだ。

彼は、どうすればもう一度、喫煙の習慣を断つことができるか思案した。だが、壊れた人生をどんな心でも克服することはできないと感じたため、禁煙は自身にとって意味がないだろうと考えた。

彼は自宅へは戻らずに別の方角へ向かった。行き先などどうでもよかった。彼は街の喧騒の中をあてどなく彷徨った。

しばらくすると、道行く人々が彼を見つめていることにヒョンソクは気づいた。

彼らは何を見たのか。六十過ぎの、長い髪を一つに結んだ男の何を。彼らにはどのように見えたのか。やつれて死人のように青ざめた男のように見えたのだろうか。彼は足を引きずり、傘も差していなかった。

ヒョンソクは雨を避けて地下道へ入った。

「ムンサン駅までの切符をください」

列車を三度乗り継がなければいけない。

"三回か。三でさえ、今の俺には難しい数字だ"

彼はそう思った。

ヒョンソクは混雑する列車に乗り込んだ。手が吊り革に届かず彼はバランスを崩した。

周りの乗客が彼からさっと身を引いた。彼はドア近くの手すりに掴まった。彼の近くにいた少女が嫌悪の目つきをしながら鼻を覆った。彼は悪臭を放っているに違いなかった。手すりから手を離すと、彼はまたバランスを崩した。少女が睨んでいるので、彼はドアの隅に後退りした。列車が揺れた。

ヒョンソクはドアのガラスに額を押しつけた。荒々しい風が彼のだぶついた服をはためかせた。彼はバランスを失い、まっすぐ立っていられなかった。彼は風の中で揺れ動く野原の案山子かかしのようだった。

列車が薄暗いトンネルに入った。案山子も闇に覆われた。