男は、ボスの言葉を思い起こした。女に「それくらいにしておけよ」と言ったように、これまでの男なら、ボスの言いつけ通りに世界が保たれることを望んだだろう。だが、今、男を支配しているのは「ある考え」だった。もっと早く思いつくべきだった。そうすれば、この「世界」をもっと良くできたはずだ。男の息づかいが荒くなる。

小さなメロディ音が聞こえた。コーヒーができたのだ。赤毛の男は紙コップを二つ取り出して、できたてのコーヒーを注ぎ、スティックの砂糖二本を添えて女のそばに置いた。女は満足そうに「ありがとう」と言った。

男は自分のコーヒーをすすり始めた。荒くなった息が落ち着いてきた。紙コップからは遠慮なしに湯気が立ち上り、男の視界も頭の中も、青白いパソコンの画面も、揺らいでいる。とにかくこの白い部屋は居心地が良い。

「イチジク」の断面の画像が付いた投稿に男の目が留まった。この南国の果物は、断面の大部分は赤く、中心部に向かって赤黒くなっている。果肉とも種ともわからない細かい筋と粒がぐちゃぐちゃと寄り集まっている。画面を通しても南国特有の熱を感じるようだ。

いや、実際に熱を感じることはない。ここは「現実世界」から隔絶された「世界」だから。

イチジクの画像は、空調の効いたこの白い部屋とはあまりにも対照的で、見てはいけないものであるような気さえした。だからだろうか、のぞいてみたい気もするのだ。イチジクのあるこの雑然とした世界を。

この投稿をした男も、大阪の女の投稿を受けて、特定者なしの「wYwh」を押した一人だ。赤毛の男は投稿の連鎖を追うのにいつしか夢中になっていた。

※本記事は、2021年11月刊行の書籍『Wish You Were Here』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。