なぜだろう、純一はその老婆の〈邪魔〉といった部分の響きに、心底そう思っているんだと感じた。

「でも、こんなところでの露店は初めてですよ」

「それはそうでしょう。じつは私もこの国へ来るのは久しぶりみたいなもんだからのぉ」

「外国で暮らしていたとかですか?」

「そんなもんじゃ。ちょうど十年前の今ごろは急用で立ち寄っただけで、それ以前に来たときは、だんご屋だった。そのときは旦那さんのような整った服を着ている人はいなかったなぁ。もっと地味で泥汚れの胴服にだぶだぶの袴、腰には長い(やいば)を下げていたよ。そんでもってみんな臭かった、汗臭くてうんこ臭くて」

(胴服? 武士が羽織るやつか。それに刀? 江戸時代じゃん)

「髪の毛はみんな同じでおもしろかったなぁ。両側は髪があるけど、てっぺんは禿()げていて、その真ん中に髪の毛を後ろから束ねてちょこんと乗せて。たしか(まげ)といってたな。それが、しおれた男根のように見えておかしかった。そんな人たちが私のだんごを美味しそうに、食べてくれました。ほんとにこの国の人間は好きだった。純朴で自欲を他人のために使って」

「この国? 長い刃? 髷? しおれた男根ですか? お婆さんはどう見ても日本人でしゃべりも日本語ですよね」

「そりゃそうじゃ、日本人を着ているからのぉ」

老婆は〈なにが疑問じゃ?〉と純一の疑問が理解できないようすをみせた。

「なのに、話を聞くと、まるでお婆さんが外国というより遠い昔、そう、江戸時代かそれ以前の日本にいたことになりますよ」