四、妄想

眠れない。

早く寝ないと明日の仕事に差し支えるな。でも本当に四億円が自分のものになると思うと働く気が失せる。

休もうかな。でも今週は忙しいからな。いかん、なに本気になっているんだ。

でも、もし現実になったら。いかんいかん、このご時世、仕事があるだけでありがたい。

でも現実になったら一生働かなくても済むのか? そうなったら、ギュウギュウ詰めでグリース臭い満員電車ともおさらばだ。

経理は証憑(しょうひょう)があるからリモートできないし、コロナ慣れのせいか電車の込み具合も今は普通に戻ったし。

現実に起こるわけない、きっと。でも……現実になって毎日起きたいときに起き、寝たいときに寝るなんて最高だけど。

どうなんだろう? お金があって物によって得られる幸せって。裕福になれば幸せになれるはずと思うことが、不幸な気がしないでもないが。起きて半畳寝て一畳、天下を取っても二合半ともいうしなぁ。

そもそも僕は、毎日なにをして暮らすんだ。

趣味? そんなものはないし、仮にあったとしても、今僕が四十歳。八十歳まで生きるとして残り四十年。毎日趣味をやるとしても、きっと五年で飽きるだろう。そんなもんさ……。

起きたいときに起き、寝たいときに寝る生活はたしかにあこがれだけど、それをやると、きっと病気になって「ポックリ」がオチだな。いや、それならまだいい。寝たきりになったら「ポックリ」より辛い。どうせ死んだらいくらでも寝ることができる。規則正しい生活は必須だ。とりあえず働くか。

いっそ会社を興して社長になるのはどうかなぁ。「社長」いい響きだ。まわりは僕に媚を売って僕はそれをあしらうってのも気持ちがいいのかもしれない。でも、それって最低だよなぁ。

運よく会社が飛躍して僕は大成功し、そして政治家になる。政治家になったら先生だ、この僕が? 信じられない。でも、今はお金があれば誰でも政治家になれそうだけど、これはお金があっても僕とは無縁にしたい。

社長なんて走り出したら止まることができない回遊魚みたいなもんだ。それに社長って可哀そうだ。社員の生活のために一生懸命に働いて、その金をくだらない領収書に変えられちゃうんだから。

そもそも社会的地位なんて、僕にそんな器も度量もないし興味もない。人のうえに立つなんて柄じゃない。世の中の偉いといわれている社長、政治家を本当に偉いと思っている人が世の中に何人いるんだろう? たいしていないだろうな。

我々の世界なんか特にそうだ。偉い社長や部長を目の前にすれば、気分よく持ち上げ、裏ではサンドバッグだ。心より褒め称えている奴など見たことない。これがビジネスパーソンという人種。そんな人種の心のオアシスといえば、上司の不幸。政治家も似たような人種なんだろう、きっと。

こんな風に思うのも思われるのも嫌だ……。だいたい〈偉い〉がなにを指しているのか、僕にはわからない。僕は虚栄心もないし、名誉もいらない。

ただ、お金があれば未来の不安はなくなる。今の日本は、お金=安心なんだよなぁ。