倒れ伏す二機のラーゼットを前に、仮面の剣士が息を吐く。視界の端に操手座(操縦席のこと)から這い出る、傷だらけの操手の姿が見えた。瞬間、剣士の内に猛烈な殺意が湧き上がる。だが彼は大きく深呼吸してそれを抑え込んだ。

「奴らと同じには、なりたくないだろう……?」

自分に言い聞かせるように剣士は呟く。殺しは、散々している。しかし戦うことのできない相手にする殺しは、ただの殺戮でしかない。それだけはしてはならないと、彼は己に課していた。ふと、顔を上げる。ポツポツと水滴が落ちてきていた。それはすぐに勢いを増し、雨として辺りを包むようになった。

「……この様子だと、もっと強くなるな。急ぐか」

確かめるように呟いてからマントで体を覆い、剣を背負って走り出した。その際、今日の戦果を確認する。山間部に来るまでに一機、そしてここに来てから二機。計三機のラーゼットを倒すことができた。こういったコトを始めてから二年。彼が倒したマギの総数は既に百を超えている。だがそれでも、彼らの――「ウルシュラ帝国」のマギの数は一向に減らない。むしろ、年々量産の速度が早まっているようにも思える。

極端な領土拡張政策を推し進めるウルシュラは多くの国々を併合し、大陸の五分の一を占めるまでの大きさとなっている。マギの保有数もその広い国土から供出される豊富な資源により、大陸一を誇っていた。しかしそのやり方は、強引そのものだ。

占領地の民を徴用し、鉱山や開拓地に連行して労働を強制する。なにかしらの技術を持った者は厚遇するが、それ以外は労働のための駒としか扱われない。そして少しでも反抗の意志を見せれば、殺される。首吊り、斬首、馬による引き回し……ありとあらゆる凄惨なやり方で、見せしめにされるのだ。

だが――(それによって得られる労働力は、かなりのものがある)ウルシュラ各地で進んでいると聞く工房の整備も、その労働力によるものだ。街道の造営や城砦の建築も並行して進められているらしく、それらが済めば、今後はより多くのマギが彼の前に立ち塞がることだろう。

(だが、沈んでなどいられない)

不安で俯きそうになる顔を、剣士は無理やり上げる。脳裏を過ぎるのは五年前に見た炎と、それに照らされ鈍く輝く巨体、そして各地を回る内に見た、同じような光景だ。それらが(まぶた)に焼き付いている限り、立ち止まることなど許されない。

「見ていろ……俺はお前たちの非道を、絶対に許さない」

未だに胸の中に疼く黒い感情に不安を抱きつつ。しかし顔は、前へ向けて。彼は、闇の中を駆けていった。