現段階での唯一の治療法がずずさんにとってはとてもリスクが高いこと、しない場合の命の猶予を告げられた翌日に僕とずずさんが最初にしたことは他の医者に行くことや生きるための手段を模索することでもなくお墓についてだった。

それは以前から言っていたずずさんの願いを叶えるため。僕にとっては姉と妹。ずずさんにとっては二人の娘と天国で一緒に過ごせるように。

「うーん、うちとしてはお墓を移すのには問題もないのですがどうしてもお兄様の許可が必要ですね。できますか?」

数年前に代替わりをした評判の良い大柄な若住職が困った顔で微笑む。長い付き合いでうちの事情を知っているので話が早い。住職のご自宅の和室に通された僕とずずさんも出されたお茶くらい渋い苦笑いを浮かべる。

「連絡は僕がします」

「では永代供養も含めてもう一度お考えください」

若住職が丁寧に頭を下げて僕らを玄関まで見送ってくださった。先代から引き継いだ後に始まった本堂の大規模な工事を横目に二人で敷地内にあるお墓まで歩く。墓前に水を注ぎ手を合わせる。墓石に刻まれた先祖達の名前。

後ろから追っていくと祖父母の前に二人の童女の名前が並ぶ。次女のさっちゃんと三女のしおちゃんだ。僕より二歳上のさっちゃんは生後一〇ヶ月で天国に行ってしまったので僕は会ったことがない。

雪のように真っ白な肌でとても美人だったと誰もが言う。遺影を見ても美人なのがよく分かる。

二人は今ずずさんの実家のお墓の中で眠っている。ただ、ずずさんの希望として死後は新しいお墓もしくは永代供養で幼く別れた二人の娘と三人で一緒に過ごしたいと常々言っていた。それに一度嫁いだ身としてはご先祖も眠るお墓に入るのは気がひけるらしい。

「健兄の番号知ってるの?」

「まぁ、連絡はとれる」

長い合掌を終え痛みを堪えながら立ち上がったずずさんが不安そうに聞いてくる。僕は不安の要因であるこの墓の現責任者である伯父の面長な顔を思い浮かべる。

健兄はずずさんの二人いる兄のうちの次男。実家を出てから一〇年以上大阪にいたからか、話が面白く日本中を駆け回るやり手の営業マンだったためか服やおもちゃを会う度に用意してくれたことから子供の頃はビリケンさんと呼んでいた。本来、長男である邦夫おじさんが継ぐはずだったのだが随分前から音信不通になっている。

最後に会ったのは確か……祖母の葬式だったろうか。その時も一〇年以上ぶりに会ったのだが随分とやつれた姿に驚いた覚えがある。それから更に一〇年か。もはや街ですれ違っても気付けるか自信がない。

そして健兄とも祖父の死後、よく聞く金銭トラブルから絶縁状態となった。お互いそれぞれの守るべきものを守るために道を違えたとは言え二人にはとても感謝している。

もちろん邦夫おじさんは僕と珠ちゃんを父から救ってくれたこと。そして、健兄は文字通り兄的な存在として出張の途中で実家に立ち寄ってはテレビゲーム、マジック、トランプなど色んな遊びを教えてくれた。それに大人の世界をユーモアたっぷりに話してくれた。だから健兄が来る日はいつもワクワクが止まらなかった。

それに冬になると泊まりがけでスキーにも連れて行ってくれた。綺麗なシュプールを描いて颯爽と滑っていく健兄はとても格好良かった。

僕が四歳になってすぐに始まった一宮市での暮らし。年明けからずずさんは膨大な手続きのためにお役所めぐりをして珠ちゃんは新しい小学校、僕は幼稚園に通い出した。厳格な祖父と物静かな祖母との暮らし、それから新しい名字に慣れるのに最初は戸惑ったが春先になると少しずつお調子者の洋ちゃんが戻ってきた。

※本記事は、2021年12月刊行の書籍『 笑生』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。