しおちゃんが亡くなった日

毎朝、和室に置かれた仏壇の前で手を合わせる。横には二人の赤ん坊が窓の外の世界を見つめるように視線を送っている。次女のさっちゃんと三女のしおちゃんの遺影。蝋燭に火を灯し線香の先を赤くするのが大人になった僕の日課だ。

煙の向こうでゆらゆらと揺れている小さな火を見つめながら、しおちゃんが亡くなったあの日のことを回想する。幼かった僕の記憶はところどころ欠落しているので、ずずさんやおじいちゃん達の話を継ぎ接ぎして……。

しおちゃんは僕たちが出発した後すぐに寝息をたてた。おじいちゃん達も出掛けていたが、ずずさんはその間をぬって買い物を済ませることにした。ほんの三〇分の出来事だ。そっと家に帰って来た時には呼吸がだいぶ浅かったようだ。抱っこをして名前を呼んだ直後に静かに眠るように息を引き取った。日差しが差し込むずずさんのあったかい腕の中で。

医者からは脳にも身体にも発達障害はあるが命に関わるものではないと言われていたしおちゃん。死因は乳幼児突然死症候群という乳児に稀に起こる原因不明のものだった。昼間とは一転してどしゃぶりの雨の中お通夜とお葬式が行われた。僕は遊園地の帰りから高熱を出していたらしくどちらにも参列できなかった。

病院にいる時間が長かったこともあって家族以外の人とほとんど会うことのなかったしおちゃんとのお別れはひっそりと行われた。父方の祖父母も参列していたらしいが父は来なかった。その後も父が二人の娘が眠るお墓に来ることは一度としてなかった。

数年後その意味を理解できるようになった時に僕の中から完全に父の存在は消えた。あの人が僕たちの存在を自分の人生から消したように僕も迷いなくそうした。ずずさんはしおちゃんの死に対していつもこう表現をする。

「栞は私たちの神様なんだよ。お母さん、これからは珠ちゃんと洋ちゃんと三人で生きて幸せになるんだよ。そのためには私とお父さんがいたら困らせちゃうから私は逝くね」

と。一歳になる直前、ずずさんと二人になれる時間を最期に選んだこと。父が葬式に来ないことで示したこと。他にも色んなことを教えてくれたしおちゃんの死はその先のずずさんと僕らの人生の確固たる道しるべとなった。

本来納骨堂に置かれるはずだった小さな小さな遺骨は寂しくないようにと祖父の計らいでさっちゃんと一緒に本家のお墓にいれてもらえることになった。それからずずさんは四つの仕事を掛け持ち珠ちゃんと僕を育てていくことになる。僕ら三人の家族の物語が始まる大きな分岐点だった。