第2話 「さくらの心が死んでしまった夜」

弟のだいちが少し大きくなって私とも一緒に遊べる様になると、私とすみれでだいちにスカ―トをはかせたりして遊んだりしました。

だいちは私の後を付いて外へ出てきたりするようになりました。

私はつばきちゃんの家のブランコによく乗っていました。つばきちゃんの家は、家と納屋の間に屋根を作って、梁に長いロープを取り付けて、アニメのアルプスの少女ハイジが乗っているようなブランコが作ってありました。つばきちゃんのおじいちゃんの手作りです。

私にもつばきちゃんにも、このブランコの方が楽しくて、よく2人乗りをして思いっきりこいだりしていました。

この日も私とつばきちゃんは2人でブランコに乗っていました。そこへだいちが「さくら姉ちゃん」と言って近づいて来ました。

私は大きな声で「だいちこっちに来たらあかんよ。」と言い、大慌てで、2人はブランコを止めようと、もう必死にふんばりましたが、ブランコはすぐには止まってはくれません。

スピードは少し落ちましたが、だいちも止まらずに慌てる2人の元へやってきたので、ブランコはだいちのおでこに直撃しました。

私はそれはもう大慌てで、わんわん泣くだいちを抱きかかえて家に連れて帰りました。ものすごくしかられたと思いますがその後どうなったかはよく覚えていません。つばきちゃんの家のブランコはしばらくの間使用禁止になりました。

だいちのおでこにはその時のきずがまだあるはずです。

私の母はパチンコによく行きました。私が、三四年生ぐらいの頃までは、おばあちゃんも一緒で子供達3人もついて行き、店内で玉を拾って空いている台で遊んだり、拾った玉でお菓子をもらって食べたり、疲れると車で寝たりして、母達が帰る時まで過ごしました。

当時のパチンコ店には子供が入れた様ですが、他の子供と会った事は無かったです。母が勝った時は帰りにファミレスでお子様ランチが食べれるのが楽しみでした。負けた時どうしていたのかは思い出せません。

だいちはよくお店の人に遊んでもらって、こんな所に来ないで遊園地にでも連れってもらいなと言われていましたが、母はどう思っていたのだろうか。

私もだんだん車で本を読んで過ごしたり、母がどうしてもついて来る様に言う時以外はついていかない様にしていました。

おばあちゃんも一緒に行く時しかすみれはついて行けないので、すみれは「お姉ちゃんは連れて行ってもらっていいなあ。」と言うけど、私は「何にもいい事ないよ、つまらんよ。」と言っていました。

私にとっても、子供達にとっても大変な事が起こりました。私が四年生の時、父を何日も見ない日が続きました。

「最近父ちゃん見ないね。どこ行っとんの?」と母に聞くと、父ちゃんが「帰ってこないから別れた」と言いました。いつの間にか父と母は離婚していました。私達は何も知りませんでした。

後から父に聞いても、俺も知らん間に離婚しとったといいます。私は母から離婚したと聞かされた時、本当にびっくりして「ええ‼」としか言葉が出ませんでした。そしてこの時から、私達の生活は激変していくのです。

まず最初にすごく変わったのが、目に見えてお金がなくなりました。母屋の玄関を入った所に今まで並んでいたビールやジュースのケースが無くなりました。頻繁に取っていたおすしの出前が無くなり、外食へも行かなくなりました。

母は夜のスナック勤めに仕事を変えた様ですが、昼間の母の行動は不明でした。

母は何もしないで寝ているか家にいないので、私は掃除や洗濯をして、だいちを母屋へ連れて行き、ご飯を食べさせてもらい、お風呂も入らせてもらって、だいちは母の帰りが遅いのでおばあちゃんと寝ました。

私は勉強机が自分達の家の方にあったので、勉強が終ると母屋に行くという生活に変わりました。

母屋には奥の座敷と中の間という座敷がありました。奥の間には仏壇とおじいちゃんおばあちゃんのタンスが置いてありました。中の間にはテレビが置いてあり、お客様が来たり、おじいちゃんがよくテレビを見ている部屋です。私達は自分の部屋が無かったので、中の間に布団を敷いて寝る事になりました。

私はおばあちゃんに、ご飯の炊き方やみそ汁の作り方等教えてもらいながら、おじいちゃんおばあちゃん達と一緒に生活する様になりました。

また、私も上級生だけが入るクラブに入っていましたが、学校から帰ると家事があるので、クラブをやめて、風呂炊きや畑の手伝い、だいちの世話などを率先して行いました。

今まで父母と一緒だったのが、おじいちゃんおばあちゃんと一緒に暮らす事になったので、私も自分にできる事はしないといけないと考えたからです。

友達とあまり遊ばなくなって山を一人ぶらぶら歩いたり、だいちやすみれと家で過ごす事が増えて、今まで男の子達とも混じって走り回っていたのが嘘のように、静かなおとなしい女の子になり、次第にいじめられっ子の様な存在になっていました。

私は小さい頃に2回ほど、不思議な体験をしています。

私が一人で奥座敷で遊んでいると「さくら」と呼ばれました。誰もいないはずはないのに、はっきり聞こえるので何だろうと思ったけれど、あまり気にしませんでした。

二回目に呼ばれた時もそんなに深く考えずに忘れました。

私はとてもおとなしい子供になっていましたが、お隣りのつばきちゃんとは仲良しで一緒に中学生になりました。すみれも小学4年生にだいちも1年生になりました。

中学校へ通うのに自転車が新しく必要でしたがお金が無かったので、母が友達にもらって来たと黒い変わったデザインの男の子向きの自転車に乗りました。

最初見た時はこんなの嫌だなあと思いましたが、古くなかったし、お金が無いから皆と同じ様なものは買ってもらえないのであきらめました。皆のものと違うから自分の自転車をすぐに見つけられました。

母が何もしないから、私は自分でお弁当を作りました。まだ料理らしい物が作れず、材料もそんなに無かったので、毎日ほとんど同じ物を入れていました。

私はすみれの事を考えてやらないといけないと考えて、自分がもらったかわいい袋やリボン等を集めていて、クリスマスの時に、買い物に行くと少しずつお菓子を集めてラッピングして、母の代わりにすみれ用のプレゼントを用意して渡していました。すみれはいつも嬉しそうでした。

学校からのプリントは母がいないのでおばあちゃんに見せたり、自分でサインしたり印鑑を押して出していました。勉強もお姉ちゃんだから頑張っていないと必要な時に必要な物を買ってもらえないと困るのでがんばっていました。

母は男の人を連れて来て一緒に出かけて行ったり、私を母の働いているスナックに連れていったりしました。スナックは母の姉が経営していました。私はジュースを飲んで、カラオケをしたりしていましたが、子供の私にはあまり楽しい所ではありませんでした。

母はいつも私にはかわいい女の子が2人いるのよと、店に来る客に話していました。私は母にかわいいと自分の事を言われているのが少しうれしかったです。

母が家に連れて来るのは変な人ばかりでした。

ある日、母と私とだいちそして知らない男の人と4人でご飯を食べていました。食事が終わると母はだいちを連れて「お母さんは仕事に行くから、だいちはおばあちゃんの所へ連れて行くからね。じゃあねさくら。」と言って仕事に行ってしまいました。

私はこのおじさんはもう帰るんだよね、私もおばあちゃんの所へ行かなくちゃ、でもお母さん、何でだいちだけ先に連れて行ったんだろ、私も一緒に連れて行ってくれたら良いのにと考えていました。

あんまり親しくもない男の人とどう接すればいいのかわからず、帰って下さいと言って良いのか分からずに私は固まってしまいました。今思えばすぐに自分もおばあちゃんの所へ行けば良かったんです。

さくらにとって最悪な事件が起こってしまったのです。

私はいきなり手をつかまれました。びっくりして何事か分からないけど、とにかくこれは逃げないといけないと思い、必死に暴れて逃げようとしましたが、男はあっという間に私の上に馬乗りになり抵抗する事もできません。

男は30~40代で力も強く私がどれだけがんばっても逃げられず男に強姦されてしまいました。

男はコンドームを持っていました。私は初めてそれを目にしましたが何なのか分かりました。始めから用意していたのでしょうか。

私は背も低く、やせていて力も無い小さな女の子です。こんな力の強い男をわざわざ連れて来て私と2人きりにしたのはなんで? 私はとにかく怖くて痛くてわんわん泣いていました。

男はことが終ると帰って行きました。

私はしばらく動く事ができませんでした。母が連れて来たという事実と恐怖で体が動かなかった。しばらくして、このままこうしていてもいけないと涙をふいて母屋へ行き寝ました。

私は大変な事が自分の身に起こってしまったんだと、テレビで見た様な事が現実に、自分の身に起こったんだと、目が覚めて改めて思いました。母にも、おばあちゃんにも、ましてや学校の先生にも誰にも言えなかった。

こんな事知られたら一体どうなるのかと考えると恐ろしくて恥ずかしくて、どうしたら良いのか、もう分けも分からず、何もする気になれずに、でも学校を休むと色々とめんどうな事になる気がして、とりあえずは学校へ行きました。

仲良しのつばきちゃんと毎日一緒に学校へ通っていたけど、私はつばきちゃんにも会いたくなかった。だから一人で学校へ行った。思えばこの日以降私がつばきちゃんと一緒に学校へ行く事は無かった。

私の方がいつも早くつばきちゃんを呼びに行って、二人で一緒に学校へ行くというのが毎日の日課で、つばきちゃんが私を呼びに来るという事は無かった。

私はつばきちゃんと一緒にいると、なにか気づかれてしまうんじゃないかと、決して誰にも知られてはいけないと思い、つばきちゃんと一緒に入ったクラブも辞めてしまいました。

それに私は何もする気が起らなかったのと、頭がおかしくなってきたのもあります。

クラブの先輩の話を一年生が並んで聞いていると私はなぜかおかしくて、笑いがこみ上げてくるのです。先輩の話は少しも笑えるような内容ではありません。

もし先輩に笑っているのがバレたらしかられるに決まっています。だから必死に下を向いて、唇をかんでこらえました。

また、窓の近くに立つと外にいる人が皆幸せそうに見えるのです。私だけが不幸でした。ここから外へ飛び降りても、死ねやしないか、そんな事ばかり考えるようになっていました。

私の中学校では、必ず何かのクラブに入らなくてはならない決まりがあり、私もクラブを辞めてしまったので他のクラブに入るように先生に言われたました。全々入りたくなかったけど、なるべく活動の少ないクラブに入りました。

入りたくて入ったクラブを辞めて、仕方なく入ったクラブは何も楽しくなかった。ただただ、早く終わればいいのにと思って過ごしていました。

夏休みもおわり、だいちの小学校の運動会がありました。すみれも一緒です。本当なら母がお弁当をを作ったり、場所取りに行くものですが、何もしません。私とおばあちゃんでお弁当を作り、場所取りに行きました。

前はこんなんじゃなかったのに。他の家と自分の家は違うんだな。この家庭は普通じゃないとしみじみと思ったのです。

恐い父だったけど、父がいた頃の方が良かったと思いました。

※本記事は、2019年3月刊行の書籍『良子という女』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。