手術

肩を叩かれて、僕はゆっくりと目覚めた。裸に近い格好でストレッチャーに乗っていた。僕がいるのは薄暗い小さなリカバリー室のようだ。そこは数時間前に見た景色だった。

五、六人の看護師が僕を囲みながら病室へ向かっていく。僕の意識が戻るにつれ、寒さや痛みがゆっくりと体に伝わる。僕は無意識にうなだれていた。

エレベーターが見えてきた。下腹部の痛みがはっきりと現れ始める。例えるなら、それは生理痛を何倍も強くしたような嫌な痛みだった。

今回、僕は手術を受けるために海外へ渡航していた。そのため日本語が通じない。それでも僕も医療関係で働いていたから何となくは分かる。下腹部の痛みに顔をしかめて、僕は目が合った看護師に訴えた。

「ペイン」

声がかすれてうまく言葉にならなかった。トイレに駆け込みたいような感覚にじっとしていられなかった。僕はかすれる声を振り絞りもう一度言った。

「ペイン」

「ペイン? オーケー」

僕の声に気が付いてくれた看護師がそう言うと、慣れた手つきで点滴を持ってきてくれた。どんな点滴かはすぐに分かった。僕も病院で働いていた時、よく術後の患者さんに使っていたものだ。その点滴はすぐに痛みを和らげてくれた。初めて患者さんの気持ちが分かった気がした。それも病院を辞めた今となってはそんなに関係はないのだが。

ようやく痛みが落ち着き、僕は安堵した。下腹部がシクシクとするが、痛みとは別の感覚だった。病室に戻ると、看護師がチューブやモニターを付け始めた。日本も海外も使用する機器は同じだった。僕がそんなことを考えているとあっという間にその作業も終わっていた。すると何人もいた看護師が一斉にいなくなってしまった。急に部屋はシーンと静まり返った。

僕は室内を見回してみた。窓には厚いカーテンが閉まっており、濃いオレンジ色の光が漏れていた。それだけで今が夕方であることが推測できた。

モニターと輸液ポンプのランプが光っている。なぜか懐かしい新潟の世界が脳裏をよぎった。雪の中の道路や賑やかなショッピングモール、よく行った焼き肉屋さん。いつも隣で微笑んでくれた彼女のこと。昔は喉から手が出るくらいその世界が欲しかった。その時に感じた幸せは人生の絶頂だったかもしれない。

あの日から四年以上の月日が経っており、僕は彼女と一度も会っていない。最後に得た情報は、一年前だろうか。新潟の友達から、彼女は地元の同級生と結婚をして子どもがいると聞いた。

その当初はショックで言葉にならなかった。ただ、今は本当に良かったと思える。あの時の僕の恋は依存的で彼女を幸せにする力なんてなかった。海外の穏やかな時間の流れが心を和ませてくれる。

季節は二月だというのに僕のいる世界はとても暖かく、日が沈むのもゆっくりだった。

穏やかな彼女の笑顔が浮かぶ。今日だけは彼女のことを考えて眠りに就きたい。そうしたら前に進むから……。