一躍学会の寵児に

これらの結果に私自身も大変驚き、確認実験を幾度も行った。コントロールとしてリンパ球の採取源に脾臓と腸間膜リンパ節を用いた。同様の手法でウサギを免疫し、抗胸腺細胞血清(ATS)、抗脾細胞血清(ASS)、抗腸間膜細胞血清(ALS)の3種を作成した。これら3種の抗血清を用いた結果を図表1に表示している。

[図表1]TSSは今日でいう抗T細胞抗体、ASSは抗B細胞抗体であったことになる。

結果は一目瞭然、ATS群は皮膚の生着が続いたが、ASS群はコントロールとほとんど変わらず、ALS群はASS群より幾分期間が延長した。これら一連の実験を通して、抗胸腺細胞血清は強力な細胞性免疫抑制能力を有することを実証したわけである。加えて、同じリンパ球と考えられていた脾リンパ球を用いた抗血清は細胞性免疫抑制能、即ち皮膚移植には全く効果がなかった。これらの事実はT細胞、B細胞の概念の存在しない時代の発見であり当時世界の誰も発表しておらず、大きな発見であった。

[写真2]C57blマウスの移植された皮膚は黒々と毛が生えている。 当時このような同種移植を可能にした薬剤は存在しなかった。

一連のデータを学会で発表し、その反響は大きく、多くの免疫学者の耳目が集まり、私は大学卒業後2年目の若さでシンポジストとして関連学会から招かれることとなった。

私が得た実験結果はIndex Medicusで文献を渉猟するも見当たらず、英国のWoodruffが同じころ抗胸腺細胞血清を用いた皮膚移植で、生着延長を指摘していた。残念ながらその論文ではコントロールスタディがなされていなかった。即ち脾細胞のような他のリンパ組織を用いて実証がなされていなかった。

私はこれらの事実を英文誌に発表せず、国内の医学ジャーナルに日本語で発表していたので、海外の研究者の目には触れることはなかった。当時一流英文雑誌に投稿する先生は残念ながら私の周囲におられず、また勧めてくれる先生もいなかった。もちろん私自身にもそういう発想はわかなかった。世界を知らぬ田舎研究者であった。

※注1)胸腺:胸骨の裏側にあるリンパ組織。免疫と関わりTリンパ球で満たされていて移植免疫などの細胞性免疫をコントロールしている。成長するに従い萎縮し脂肪組織に変わっていく。

※注2)抗胸腺細胞血清:マウスの胸腺細胞を家兎に注射し作成する。マウスの細胞性免疫を強力に抑制する。

※注3)拒否反応:ある個体の組織を他の個体に移植すると免疫反応により10日以内に移植片は壊死して離脱する。これを拒否反応(拒絶反応)という。