「そのニノイについて教えてくださいよ」

「タルラック州の政治家一族の出身とか、最年少で上院議員に選出されたとか、それくらいしか知らないなぁ。僕が日本からもどった時にはニノイは獄に繋がれた後でしたからねぇ。あれはいつだったかなぁ、獄中から上院議員選挙に立候補したことがあるんです。確かその前の年に死刑の宣告を受けていたんじゃないかな。

その話を聞いて本当にすごい人がいるなぁと思った。でも、結局選挙ではイメルダに負けちゃったんだけどね。現役時代は堂々とマルコスに対してはっきりノーと言える政治家だったらしいですよ。だから、今のマルコス政権に嫌気を感じている多くの人々はニノイの帰国を待ち望んでいるかもしれない。けど、今帰ったらニノイの身が危ないと誰もが思っているんです」

「そうなんですか。現役時代のニノイについてもっと知りたいですね」

「でもどうしちゃったんですか。急にフィリピンの政治に興味をもったりして」

「平瀬さんが変な話をするから、話題を逸らそうとしたらマルコス独裁政権の話になっちゃいまして」

正嗣はさっき平瀬から聞かされた嫌な話を思い出してしまった。

「ひょっとして淋病の話ですか」

「そうですけど、ジョーさんも聞かされたんですか」

丈も知っていることに驚くやら呆れるやら。

「僕は直接聞いてはいないですけど、話を聞かされた人を何人も知っています」

「平瀬さんは何であんな話をするんでしょうか」

「この国は何でもオープンだから。下手に塀をつくって隠そうとすると、話がねじ曲がって伝わっちゃったり、尾ひれがついたりするから。そうして伝わった話がいつの間にか事実の如く語られる。そんな体験をしたからなんじゃないですか。想像ですけど」

「前から感じていたんですけど、何でこの国の人はウワサが好きなんですか」

「きっと娯楽が少ないからなんじゃない」

「私が前にいたアメリカでは人は人、自分は自分って考えが強いのか、ウワサ話をすると嫌な顔をする人が多かったですよ」

「文化の違いなんですかね。でも、日本もそうだけど、先進国は情報を得るたくさんの手段・方法がありますよね。この国じゃまだテレビもラジオもない家も多いし、新聞も読んでいない人たちもたくさんいる。だから人から聞く話というのが一番の情報なんじゃないですか」

そんな丈の話を聞くと、何となく分かったような気になった。

「マサくん、この後何か予定はありますか」

「特にないですけど。でも、ジョーさん仕事なんですよね」

「まだちょっと時間があるんで、サウナにでも行きませんか。その後、さっと仕事を片付けますから、終わったら夕飯食いに行きましょう」

「いいですよ」

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『サンパギータの残り香』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。