標準的な体格の男性であれば、1回の収縮で約100cc、1分間でだいたい5~6リットルの動脈血を左室は送り出している。それが全身の細胞の働きを維持させる生命線になっている。敬一さんの心臓は半分の機能を、一瞬にして失ったのだ。それによって、脳も一時的ではあるが、やや酸素が欠乏して意識を失った状態で病院に搬送されることになったわけである。

今回、敬一さんの心筋梗塞はかなり不幸なケースであった。まず、冠状動脈の病変、つまり閉塞したところが非常によくないところであった。左冠状動脈の前下行枝は左室の胸の側の心筋(前壁)に血液を送っていて、彼の心筋梗塞はほとんどの前壁をダメにしていた。

またその左側の心筋もかなり障害されており、大雑把に言って、敬一さんの心臓、つまり左室の機能は元の40%くらいにまで低下してしまった。さらには、休日の郊外のゴルフ場から救急車を依頼したので、病院に搬送されるまで約3時間くらいかかってしまった。1時間以内に処置ができればかなりの心筋を助けることもできたかもしれないが、3時間もかかってしまうと、ダメになってしまう部分が大きくなってしまう。

彼が会員権を持っていたゴルフ場であれば、車で30分以内に基幹病院があるのだけれども、今回は病院からやや遠かったのが災いしてしまった。結果として、搬送された病院の循環器科の医師たちの懸命の治療によって一命は取り留めたものの、かなり重度の心不全が後遺症として残ることになった。

ワンポイント解説

心不全

心臓のポンプ機能が低下して、臓器が必要としている血液を十分に提供できなくなった状態をいう。この状態が急激に起こる場合を急性心不全といい、敬一さんのケースはこれにあたる。後遺症として残ったものは慢性心不全と呼べる。さらに細かくいえば、敬一さんの場合は左室が障害されたので左心不全と呼ばれる。

左心不全では左室から血液を送り出す働きが悪くなるので、その手前に位置する左心房や肺静脈に血液の停滞(うっ血)が起こる。肺にうっ血が起こると、吸い込んだ酸素が肺から血液中に十分入っていかないため、血液中の酸素濃度が低下し(呼吸不全)、そのために呼吸困難、意識障害が起きる。