天文二十一年(西暦一五五二年)

三者の敵を儂ら長慶勢は討ち破りあるいは追い払うことで危機は去った。此度は民たちの暮らしが戦火に焼かれることもなく、京の都は再び平穏を取り戻した。

幕政は細川氏綱様を奉じた長慶様が担い、そこに将軍の権力など全く必要なかった。

秋に、一向一揆に悩む越後の守護代長尾景虎が石山本願寺の証如と交渉するために上洛した。事前に景虎は、朽木谷の将軍ではなく、長慶様にその仲介を依頼してきた。

〈古き良き流れ〉を尊重し〈義〉を重んずると噂の長尾景虎でさえ、将軍を頼ることなく、長慶様を頼みにしたのである。

石山本願寺との交渉に一通りの目途をつけた景虎は後奈良天皇にも拝謁し、御剣と天盃を下賜され、満足して帰国した。

芥川山城に帰城した儂は、城内の役宅で久々にくつろいだひと時を過ごしていた。

「先日、お前様が留守の時に、わざわざ御所より山科言継卿がお越しになって、頼まれごとを一つ、私、お受けしましたの」

縫物をする千春は手を止めて、思い出したように儂に報告した。

「そなたに頼みごととは……。で、要件はいかなることであったか」

「細川氏綱様のご家来の今村慶満様が、山科の率分関を横領したので、取り戻してほしい、と仰せられて……」

率分関とは、京の山科に設けられた関所で、この頃は公家の山科家の収入源の一つとなっていた。

「何故、直接儂ではなく、そなたに頼んだのか」

「言継卿は日頃日記をつけていらして、お前様のことも書くのだけれど、あまり良いことを書いていないので、お前様に会うのが怖いそうですよ」

「言継卿は、なんと正直なお人なことよ」

二人して大いに笑ったが、千春は(おもて)を改めて、話を変えた。

「内藤の千勝丸様のことですけれど、父君様を亡くされて、お気の毒なことです。甚介様は強面(こわもて)ですけれど優しい(かた)ですから、きっと良き親代わりとなられましょう」

千春は、丹波八木城のことが気にかかっているようであった。

「甚介のことじゃ、(おの)が子の五郎丸同様、己の子の如く育てることであろうよ」

「そうですわね。きっとそうですわね」

千春は何故か目にいっぱいの涙を溜めていた。

あの戦では、一つ間違えれば、儂もここにこうして()られなかったやもしれぬ……と思うと、首筋に寒さを感じた。