『故郷』と校歌

文部省唱歌『春が来た』『春の小川』『朧月夜』『紅葉』『故郷』などの作詞者は、高野辰之という人である。今まで、文部省唱歌として一括りにされていたので、作詞者が表に出てこなかった。著作権法が改正され、近ごろ歌詞と並んで書かれていることがある。 

『故郷』の作詞者名を見たとき、見覚えがあると思った。

母校B高校の校歌作詞者であった。同じ人だとわかった瞬間、ただの校歌の作詞者から、彼は私の中でぐっと格上げされたのだった。

高野辰之は明治九年、長野県中野市(旧水内郡永江村)に生まれ、北信濃で育った。

千曲川の流れと、一面の菜の花畑。遠くに北信五岳を眺め、小川の澄んだ水の中で、フナやメダカと戯れたこともあっただろう。

私も小布施や飯山で、千曲川の川沿いにある菜の花畑の広がりを、きれいだなと眺めたことがある。彼は三年ほど中野から約八キロ離れた飯山高等小学校へ歩いて通った(冬だけ下宿をした)。『朧月夜』は幼い頃やその通学のときに見た景色から生まれたという。彼もあの菜の花畑を見ていたのかと思うと、これらの唱歌になおさら郷愁がつのる。 

校歌は「大和島根の頂に……」で始まる。特別、好きな歌ではなかった。でも日本地図を思い浮かべると、真ん中の等高線が密になった濃い茶色のところが長野県である。まさに大和島根の頂である。というのは長野県人の勝手な思い込みかもしれないけれど。

彼は百曲くらい校歌を作っている。母校のホームページで校歌を確認しようとした。

驚いたことに作詞作曲者の名前がない。確認したくて、母校に電話をしてみた。応対に出た若い女性は、校歌の作詞者を知らず、調べてさらりと「高野辰之という人ですけど」と答えてくれた。校歌と『故郷』などの唱歌の作詞者を結び付けてはいないようである。彼女に「『故郷』の作詞者ですよね」と言ってみたい気がした。私は大発見をした気分だったのに。

たまに『故郷』を歌うことがある。そんなとき、ふっと思い出す。小学生の頃近くの小川で、卵を持った大きな沢蟹を見つけた。大喜びする私に中学生の男の子が「ちょっと見せて」って言うから渡したら、持ったまま走って行ってしまった。

懐かしい私の「故郷」である。