第二章 希望

翌日、桜華進学塾の授業が終わると、達也は職員室を訪ねた。達也の呼びかけに春口が気づいた。気のせいか、振り向いた春口の表情に疲れが見える。それほど忙しいのだろうか。

「あの、先生。進路について相談したいことがあるんですけど」
「ああ、いいぞ。じゃあ、こちらへ来てくれ」

春口は穏やかな表情だが、普段から神経を使っているのだろう、入会当初は見られなかった白髪が所々にうかがえる。達也は春口の机の横にある椅子に腰かけた。

「来週、みそぎ学園高校の学校説明会に行ってこようと思います」

達也の言葉に、さすがの春口も驚いた様子だ。そして、優しい口調で話しはじめた。

「あのな、斉藤。みそぎ学園高校といったら県内トップクラスの進学校だ」
「はい、知ってます」
「斉藤の今の成績だと、偏差値を三十以上も上げていかないといけない。しかも、あと五か月足らずでだ」

重い沈黙のあと、春口は続けた。

「正直、並大抵の努力でなんとかなるような、合格できるようなところではないぞ。ある程度、成績を取れている生徒であっても、本番直前まで一生懸命、勉強し続けていかないといけないほどの最難関高校なんだ」
「それもわかってます。だけど一度行ってみたいんです。行かなければいけない……そんな気がします」

達也の意思は固く、春口は説明会へ行くことは了承した。しかし、受験校の一つとして考えたいという達也の意見には、最後まで賛成はしなかった。

塾の帰り道、すっかり秋らしくなった夜風を感じながら、達也は淡い期待を抱いていた。あの日以来、駅のホームで彼女を探すようになっていたが、見かけたことは一度もなかった。

達也は今日も向かいのホームに目をやるが、スーツ姿の人だらけだ。もう会うことはないのかと目をそらした時だった。

肩まで伸びたストレートヘアを揺らし、彼女が階段を駆けあがってきた。ホームに着いても呼吸は乱れておらず、落ち着いて時刻を確認している。達也が何気なく視線を戻すと、あまり人が並んでいない電車待ちの列を探す彼女の姿があった。

彼女を初めて見たあの夜と変わったことといえば、半袖だった制服が長袖に変わったということだけだ。凛(りん)とした瞳や大人びた涼しげな表情、どこまでも白い肌の色、艶(つや)のある長く黒い髪、すらりとした細身の体。あの日の彼女そのままだった。

資料で見た通りの同じ制服。やっぱり、みそぎ学園高校の生徒で間違いない。彼女は列の後ろに並んだ。

サラリーマンに交じって見え隠れする姿に見惚れていると、彼女のいるホームに快速電車が入ってきた。乗客たちが次々に車内へ入る。やがてドアが閉まり動きだした電車を、達也は目で追いかけた。電車は小さくなっていく。ほんの一瞬、時が止まったような感覚におちいった。

※本記事は、2012年5月刊行の書籍『アザユキ』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。