◆入定

世界は凍てついていた

未明の山も川も野も家も雪に埋まっていた

不眠のままこの日七体目の地母神像にとり組んでいた

煩悩即菩提生死即涅槃

吐く息が凍っていた

手は硬直していた

足は萎えていた

全身が激痛に喘いでいた

だが精神には歓喜が漲っていた

忿怒尊から来るような力が漲っていた

叩く

切る

削る

ときに

唸り

笑い

叫ぶ

悲痛は悲痛のまま

絶望は絶望のまま

忿怒は忿怒のまま

一寸彫って

一寸の地獄

一寸彫って

一寸の浄土

鬼の心と仏の心は裏表

地獄があるから浄土があるのか

忿怒があるから歓喜があるのか

それは一つの世界の両面なのか

南無地獄大菩薩南無地獄大菩薩

俺は目覚めたまま眠る眠ったまま彫る

目を開けたまま原始に還る俺の原始が彫り続ける

そのとき天地宇宙は鼻先にある

地獄と浄土を両足で跨いでいる

動いているのは

鬼の手か

仏の手か

俺の手か

彫っているのか

彫らされているのか

だが見届けなくてもいい 

孤独ではないからそれでいい

彫ることで人々とつながっている

届けたいあなたが世界中で待っている

だから十二万体造仏は絶対にやめることはない

彫り続ける限りこの生きる歓びが涸れることはない

夜明け

円空は

消息を絶った

水を断ち

五穀を断ち

弥勒を彫って

行の階段を上がり

歓喜のまま彫り続け彫り続け

元禄八年七月十五日

即身仏へと

入定した

◆東京プラネタリウム渋谷2018.01.31(JAXA7年飛行小惑星探査の日)             

2018.01.31

プラネタリウム渋谷

宙空

無数の木像が

惑星探査JAXA飛行体

のように飛行している

十二万体の明王天部護法神忿怒尊

八百万不動金剛地蔵観音虚空蔵大日阿弥陀如来尊像等

五十六億七千万年弥勒の虚空から過去現在未来を生きるきみに向かって

歓喜の円光仏が飛行している

断続して

小さく鋭い槌音が届く

続いてキースジャレットの悶絶のような唸り声―

あの円空が

彫りつづけている

荒々しく

繊細に

奔放で

リズムカルに

見上げているきみのため

あたらしい命の像が彫られ彫られている

突然

被写体が揺れる

ズームする

よれよれの僧衣の背中をなめカメラが捉える

剥き出しの腕のその先の

凍える手が握る鑿の先の先の先

ギロリ

天空いっぱい

打上げ花火のような

円空の忿怒尊が目を剥いた

護法神が目を剥いた

歓喜仏が目を剥いた

観客は

見上げたまま

息を呑んだ