女盗賊 紅葵

歩いて行くうち、一人の小僧が、泣きべそをかきながら、主人を探していた。新之助が訳を聞くと、お嬢さんと一緒に来たのだが、急にはぐれて見失ったと言うわけだ。

新之助は言った。

「ここは人がたくさんいて騒がしい。もう少し人気がないところに行って探そう……」

お嬢さんとはぐれたところは、この先だったと言う。新之助は、ピンときた。もしや最初から話は通じていたのではないかと、それで、この近所の茶屋を探した。一軒の茶屋にお嬢さんはいた。相手がいた。菓子問屋の長男だ。お嬢さんには縁談があった。親同士が決めた小間物問屋の長男だ。だがお嬢さんは菓子問屋の長男に恋焦がれていたのだ。そういうことを調べ、新之助は立ち回ったのだ。

それをじっと見ていた麻衣は、深くうなずいたのである。

「ま、いいわ。新之助は、わたしにぴったりの男だわ」

と心の中でつぶやいたのである。

麻衣には秘密があった。それは誰にも言えない秘密だった。

「ね、新之助さん、あそこの茶屋の団子がおいしいと言う評判よ。食べてみない?」

「おうそうか。麻衣ちゃんと一緒なら食べよう」

新之助は、本当は団子が嫌いだった。だが、大好きな麻衣が言うことだ、目をつぶって食べようと思っていたのだ。

団子がきた。お茶を飲みながら、新之助は団子に目を注いだ。食べたくないなあ。だが、これでも俺は男だ。食べよう。

一口団子を食べた。ぐっと目をつぶって飲み込む。だが、嫌いなはずの団子はおいしかった。ふん、おかしい。又一口食べてみる。おいしい! 新之助はそれ以後、瞬く間に食べつくしたのだった。

「ま、新之助さん、団子が好きなのね」

麻衣が言う。

「いや、好きではない。が、ここのはおいしいな」

と言いながら、麻衣の食べっぷりを眺めているのだ。

「ふーん、好きな癖ね……」

新之助は、口をごにょごにょさせてあらぬ方を眺めた。

新之助の横顔は、鼻筋が通って、キリッとした若侍だった。どうもいかんな。徒党がおれば、俺の天下だから何でも言える。だが、麻衣と二人では、何となくぎこちないのだ。俺としたことが……。

夕方新之助と麻衣が家の方へと帰っていると、キャーという悲鳴が聞こえた。二人は慌てて声のした方に向かった。そこはまだら橋の近くだった。数人の侍が、一人の侍を囲んで刀で切り合っている。

新之助は、その中に入って行った。取り囲んでいた侍は、びくっとして新之助を見た。

「貴公たち、何でこの侍を攻撃しているのだ」

囲んでいた四人ほどの侍は、邪魔が入ったと言う顔で、新之助をうさん臭そうに眺める。新之助は、じろりと四人を眺めた。四人のうち、一人が新之助に向かって、切りこんできた。新之助は太刀を避けながら、その刀を相手の隙を見て弾き飛ばした。新之助は、風雲流の使い手だったのだ。誰にも言ってなかったが、自身は週に四回ほど道場に通っている。

取り囲んでいる侍たちは、新之助の相手ではなかった。幾分腕が落ちる。新之助は正眼に構える。