侍たちはひるんだ。中の一人が、太刀をまっすぐに打ち下ろしてくる。その太刀を跳ね上げ、新之助は、真ん中にいる江戸に来たばかりというふうの侍に、駆け寄る。四人の侍たちは、仕方なく引き上げた。

「どうなさったか、怪我はなかったか?」

尋ねる新之助に、侍は立ち上がった。

「は、見も知らぬあなたに助けられて、恐縮です。ありがとうございました」

その侍は袴の埃を払うと、一礼してさっさと向こうに離れて行った。何も話したくなさそうだった。

新之助は唖然とその侍の後ろ姿を見送るだけだった。

「ま、何か事情があるみたいね」

麻衣が新之助に近寄って、話しかける。

「そうだな。でもよかった、誰も怪我をせずに」

新之助はそう言いながら、また麻衣に寄ってくるのだった。

「新之助さん、あなた剣も出来るのね」

「いや、ちょっと……」

「ちょっとだけではないね。だいぶできるようだわ」

麻衣は新之助をじっと見た。新之助は、麻衣に見られて、頬が緩む。

「わたしちょっと、と思ったけど、新之助さんは期待以上ね」

麻衣は微笑んだ。新之助は下を向いている。こんなところを見られて、俺はどうしたらよいのだ。もっと徒党の仲間を見てほしかったのに……。

新之助は複雑な思いを抱えながら、麻衣を店の前まで送った。

「今日は、本当に楽しかったわ。ありがとう」

麻衣は新之助に言った。

「や、これからも誘っていくぞ!」

と言い、新之助は離れて行った。本当は離れたくなかったのだ。もう少し付き合ってもいいのに……と思っていた。だが仕方ない。今日が初めてなのだから……。

麻衣は店に帰って、着物を着替えると、すぐに自分の家に帰った。麻衣の家は、柑子(こうじ)町の一角にある旗本屋敷だ。家は長男が継いでいる。門構えはどっしりしている。父は納戸係の、倉橋門左衛門と言う。今は父はなく、長男が家を継いでいる。だから麻衣は祖父と住んでいるのだった。

※本記事は、2021年7月刊行の書籍『紅葵』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。