この世にいらない人など一人もいない

そうして翻って考えて見れば、人間の存在すべてが同じなのだと、いつの間にか考えられるようになっていた。

この世にいらない人なんて一人もいないのだと。

どんな人にも、その人なりの役割が与えられていて、その役割を果たすことで、神様の大宇宙計画が少しずつ完成されていくのだろう。

誰かが手を抜けば、それだけ宇宙は完成から遠くなる。誰かが神の心に反した邪心を抱けば、計画は軌道を変えざるを得なくなるのかもしれない。

我々人間はひとりひとりが神様の描きたい大きな絵の一部を担っているのだから、自分の持ち分のパートはしっかりと描かねばいけないという教えは、大学一年の宗教だか、倫理の時間に学長自らが話してくださった。

「だから、一生懸命生きなければだめなのよ」

という母の口癖と重なった。

そのことで、私はかなり早い段階で、仏教もキリスト教も、天地創造以来の正しい神の言葉を降ろし、その教えに従っている宗教であるなら根本の教えに違いはないはずだと思うようになっていた。

人間は神の前には平等である、という考え方はいやというほど教えられてきて、自分でもそのように考えていたと思う。

だが、それは結局観念でしかなく、私はかなり長い間、強いものが偉くて、弱いものはダメ、エリートがよくて、エリートでなければ負け、といった内心の考えのすべてを捨てることはできなかった。

※本記事は、2021年6月刊行の書籍『母の説法 人生で大切なこと』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。