また、この世とあの世のグレーゾーンと言っても、呼吸停止した患者さんが息を吹き返した例はさすがにありません。でも、不思議なことに、亡くなる前に意識が一時的にはっきりする例は何度か経験しました。

高齢の患者さんが老衰で亡くなりそうな頃には、ご家族や親戚が会いに来られます。すると、患者さんは少し活気を取り戻し、会いに来た家族を認識して声かけをしたり、少し食べ物を口にしたりできることがあります。

そうするとご家族は安心して帰宅されるのですが、その直後に亡くなられたりします。ご家族に最期の挨拶をして、あの世に旅立たれ、満足に感じられたのではないでしょうか。

死に直面すると、その人の心のありようも変わることがあります。

進行した認知症がある、被害妄想気味のおばあさんがある施設に入居しました。

彼女は、

「何か騙されていると思うのよね」

といつもシニカルな態度でした。

そして6ヵ月後、持病の心不全が悪化して逝去されました。後で聞いてみると、実は亡くなる前の晩に、施設のスタッフに「ありがとう」と感謝の言葉を残して逝ったそうです。

日頃感謝を口にすることなどなかった方だったので、ケアに携わった方々も特に感慨深く感じたようです。

臨死期の魂には不思議な力があるようです。