「人」として育てる

中学生は一般的には「子ども」かもしれません。しかし、そのまま「子ども」として教育すると間違った教育をしかねません。

「まだ、子どもだから無理」

「子どもだからやめさせよう」

「子どもの言うことだから……」

普段何気なくそんな言葉を発したり、そんな対応をしていないでしょうか。これは、教育者がその教育の方向性を見誤る原因です。

どの関わりが「子ども」の成長につながるのか、真剣に考えていますか? 安全は大切だし、無謀は「子ども」のためにはなりません。しかし、「人」としての成長を願ったとき、決して安全策最優先だけでは「良き人」にはなりえません。

確かに、中学生を「子ども」として考えたほうが「楽」なことは結構あります。結構ありますが、そこをどう教育していくのかは、「子ども」を「人」にする大きな分岐点だと思います。

「子ども」が少しハードルの高いことをしようとしたときに、「そんなに慌てなくても」とか、「そんなに背伸びしなくても」と思われるかもしれませんが、「子ども」が「人」になるチャンスはどこに潜んでいるかわかりません。

だからこそ、教育する機会は早い遅いではないのです。絶えずそういう目で「子ども」を見つめ、「人」へと導いていけるチャンスを計りながら、「子ども」の姿を肯定的に捉え、見守る必要があるのです。

私の経験からいえば、こういうチャンスは見つけようと思って見つかるものではありません。日頃、そういうことに気をつけていると、何かしらふと、「ここだ」と感じることがあります。そして、それが的を射た教育につながるのです。

そのためにも「子ども」は「子ども」としてではなく、「人」として見る必要があるのだと思います。

「子ども」の教育者は「子ども」から「人」への変化の意識を明確にせよ!