エルサレム入城

ナザレのイエスが、十二人の弟子たちを随(したが)えて聖なる都エルサレムに入城したのは、紀元三〇年の春四月のことである。

その日、イエスら一行は、死海の北西を流れるヨルダン河畔の棕櫚(しゅろ)の町エリコを早朝に出発した。つかの間のオアシスを後にした一行は、西に向かって進むこと程なくして、鋭く切り立った岩山の細い道を、列を成しながら登り始めた。

赤茶けた岩肌に刻まれた、高低差のきつい急峻(きゅうしゅん)な山道である。鋭利な刃のように抉(えぐ)れた石塊(いしくれ)を踏まぬように足元を気にしながら黙々と歩いていた弟子たちが、峠を越えたあたりでふと顔を上げてみると、今度は一変して、一木一草もない荒涼とした景色が、彼らの眼前に広がってきた。ユダの荒野である。

ここは、洗礼を受けたばかりのイエスが、四十日間の断食をしながら悪魔の誘惑に耐えたとされる地である。見渡すかぎり、ただ岩と砂と褐色の丘陵が延々と続いているばかりである。

この殺伐(さつばつ)とした不毛地帯の中、わずかに人の気配があるとすれば、まれに見かける遊牧民ベドウィン族の天幕ぐらいであった。

一行は、丘陵の間を網の目状に交差している、ワディと呼ばれる乾燥した涸(か)れ谷の底を縫(ぬ)うようにして、さらに西へと進んでいった。

不規則な波模様に侵食された花崗岩がところどころに露出する涸れ谷には、まったく人影はないものの、いつ盗賊どもが現れ、どこから襲撃してきても不思議ではなかった。

十二人の弟子たちは、みな一様に硬い表情のまま、互いに言葉を交わすこともなく、先を行く師イエスの足跡をなぞるようにして、粗い砂礫(されき)が堆積する乾河道(かんがどう)をひたすら歩き続けた。

そして、春の陽射しが目にまぶしくなってきた頃、ようやくオリーブ山麓の南東に位置するベタニアのとなり村、ベテパゲにたどり着いた。

〈未熟な無花果(いちじく)〉を意味するこの小さな村で短い休息をとると、イエスは二人の弟子を遣(つか)わし、村はずれにつながれていた驢馬(ろば)の子を、自分のもとに引いてくるように命じた。

まだ、だれも乗ったことがないという、その小さな驢馬にまたがったイエスは、石壁に囲まれたベテパゲの村を後にすると、いよいよ目的地エルサレムの城壁へと近づいていった。

時折、細かな砂ぼこりが春風に舞う中、驢馬にまたがるイエスを先頭にした弟子たちの集団が、ゆるやかな起伏のある丘陵を越え、陽炎(かげろう)の中からしだいにはっきりと見えてきた。