ター坊のフラッシュバック

三歳のター坊が突然登園をしぶりだした。当初、「ポンポン イタイ アチタイク(明日行く)」と言っていたが、とうとう行けなくなった。

そのくせ、家では食欲モリモリ、うんちバンバン、いとこらと元気にはしゃぎ回って遊んでいる。それなのに登園をしぶり、なだめすかして連れて行っても玄関の前でふんばり立ち、中へ入ろうとしない。

母親が担任の先生にいろいろ聞いてみたが心当たりがなく、担任自身も困惑していた。そこで、登園をしぶりだした日の前日に何かなかったか、もう一度、担任に相談したところ、こんな出来事があった。

当日、担任は原爆投下の悲惨さを伝える『まちんと』という名の絵本の読み聞かせをしていた。原爆投下の場面を朗読しているとき、偶然にもオスプレイが轟音を立てて上空を通過、子どもたちは悲鳴を上げ耳をふさいだ。その翌日から、ター坊は登園をしぶりだしたのである。

登園をしぶるター坊を前に母親はやむなく仕事を休み、ター坊と向き合った。観察していると、ター坊はいとこらと元気に遊んでいながらも時々思い出したように母親のそばに駆け寄り、「ママ、トコニモイカンデヨ」と言ったりした。

母親には、思い当たることがあった。

五か月前、母親が突然重度の扁桃周囲炎に罹患、県立中部病院耳鼻科に一週間入院した時のことだ。そのときは、ター坊を実家の祖母にあずかってもらったが、母親のことはすっかり忘れたように、いとこらと元気にはしゃぎ回っていた。退院後、母親が急いで駆けつけてもター坊はケロリとしていたので母親はすっかり安心していた。

それから五か月、母親の不在体験をすっかり忘れていたはずのター坊が、保育園での読み聞かせの時間に、戦争、死、爆音という不穏な出来事が偶然重なったことで封印されていた記憶がよみがえって不安が顕在化し、分離不安状態を引き起こしたのではないか……。一種のフラッシュバックのようなものではないか……、と考えた。

フラッシュバックとは精神科領域の用語で、強いトラウマ体験(心的外傷体験)を受けた後、その記憶が何かのきっかけでよみがえり、強い不安やパニック状態に陥る心理現象だ。

母親にフラッシュバックの可能性について伝え、ター坊と向き合わせた。

「ター坊、覚えている? ママ、病気で入院して帰れなかったこと……、あのとき何も言わなくてごめんね、次からはきちんと言うからね。もう、いなくなることはないから大丈夫よ」

「ママ、サミチカッタ?」

「さみしかったよ、とっても……」

「ターもサミチカッタ……」

その翌日からター坊は元気に登園を再開した。

※本記事は、2020年3月刊行の書籍『爆走小児科医の人生雑記帳』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。