一夜にしてスーパーマンに変身したター坊

五歳になったター坊は四月から午前中は幼稚園に行き、午後は同じ施設内のあずかり保育園に通うことになった。当初は張り切って保育園に通っていたものの、次第に足取りが重くなった。五月半ばになるとオシッコをちびるようになり、時々うんちも漏らすようになった。

年少組の先生は優しく、仲間から意地悪されることもない。困ったママは職場から休暇をもらい、ママ同伴の保育園通園が始まった。

休日はまったく元気なので保育園に何か原因があることは確かだが、原因はわからない。あえて原因を探れば、年長組にすごく元気でやんちゃな子がいて、ター坊はその子に対してはいつも怯える様子が見られるという。

六月に入ると、オシッコやウンチのお漏らしのほかに、登園前に腹痛を訴え始めた。

「ポンポン、いたい(痛い)、ジータン(爺ちゃん)のとこへいく」と、ター坊本人から言いだしたため、ママと二人でわが家を訪れた。ジータンが医者であることを知っているからだ。

「ポンポン見ようか」と私が言うと、自らソファーに寝そべり、着衣をまくりあげてお腹を出した。本人自身、腹痛で困惑しているに違いない仕草だ。しかし、お腹をさわってもストレス腸を思わせる所見はなかった。

診察を終えた後、ママはター坊を残してショッピングに出かけた。ター坊は大好きな祖母と一緒に段ボール箱を切り裂き、剣や車を作って遊んだ。その後、祖母が旅先で購入した焼きエビを取り出し、「これ食べると、大きくなるよ、強い子になれるから食べてごらん」と言った。ター坊はおいしそうに食べた。

まもなくママが帰り、二人は帰宅した。

翌朝、ママから驚きの電話が入った。ター坊が帰宅直後から急に元気になり、今朝も焼きエビを食べた後、「ママ、ター(坊)はつよくなったから、がっこう(保育園)ひとりでいく。ママはかいしゃ(会社)いっていい」と言った。そして、その日からお漏らしも腹痛もなくなり元気に登園を始めたのである。

原因をいろいろ探っていくうちに次のことがわかった。

ター坊は牛乳が大嫌いだった。それなのに、これまで通っていた保育園でも「牛乳を飲まないと大きくなれない」と言われていた。朝の食卓でもパパから「牛乳を飲まないと強くなれないよ、大きくなれないよ」と口癖のように言われていた。その言葉をター坊は「牛乳が飲めない自分は弱い子だ」と裏返しのメッセージとしてとらえていたらしく、まわりの子がみな強く大きく見えていたことがわかった。とりわけ、やんちゃで元気な子の前では怯えていた。

実家で祖母が偶然口にした「エビ食べたら強くなるよ」の一言が、ター坊を奮い立たせ、強い子に仕立てたのだ。戦隊ごっこや変身ものが大好きなター坊は一夜にしてスーパーマンに変身し、登園を再開したのである。幼児とはいえ、自信と誇りが、行動の起点となり得ることを私は知った。

ター坊はよくなった理由を、「ジータンがポンポンみたからよくなった」と勘違いしているフシがある。そのわけは、後日再会した時、「ジータン!」と舌足らずの声を発して駆け寄り、私に抱きついてきたからだ。