今日の舞台は将軍様のご所望で、特に稚児(ちご)を大勢出したいので助けてほしいと、それで弥三郎に声がかかったのだ。こんな華やかな舞台に立つのは無論初めてのことだ。

しくじりたくない、弥三郎は強く念じていた。

「さ、ここに加われ」

色とりどりの装束に身を包んだ、背丈はまちまちだがさほど年は変わらぬと思える子供たちを見て、弥三郎は少しほっとした。それと同時に、好奇の視線が集まるのを感じて頬に血が上る思いがしたが、気後れしそうな自分を奮い立たせるように下腹に力を込めた。能の稽古は誰にも負けぬくらいに積んでいる。

「この十郎が音頭(おんど)を取る、謡も動きもすべて十郎に合わせるのじゃ、良いな」

弥三郎はうなずき、十郎と呼ばれた少年に顔を向けた。

「十郎じゃ、よろしくな」

ふわりと、一瞬で心をほぐすような柔らかな笑みを浮かべ、十郎は弥三郎に声をかけてきた。その途端、弥三郎は不思議な気持ちに包まれた。

――ああ、やっと会えた。

初めて会ったはずの十郎に、なぜか懐かしいような気持ちを抱いたのだ。十郎は笑みを浮かべたままそんな弥三郎を眺めている。先ほど三郎が向けてきた、値踏みをするような目ではない。こちらをしっかりと捉え、それでいながら安心を与えるような、優しい眼差しであった。

「弥三郎です、よろしく」

言葉がぎこちなくなってしまい、弥三郎は軽く赤面したが、十郎は柔らかくうなずいた。

「背丈の順に並ぶから、弥三郎はここに」

十郎に袖をとられ、弥三郎が並びの中へ加わろうとすると、その場所にいたちょうど同じくらいの背丈の子が、つい、と一足踏み出した。

「私の後に」

(なつめ)のようなくりっとした瞳が、真正面から弥三郎をにらみつけた。弥三郎はその眼差しの強さにたじろぎながら、その子からも不思議な感じを受けていた。

濃紫(こむらさき)の装束をつけて、色の白さが際立っている。頬にはほんのりと紅がさして、とてもきれいだった。

「あやめ、弥三郎に装束を持っておいで、そうだな、萌黄(もえぎ)のが良いだろう」

そのとき初めて、弥三郎は目の前に立っているのが女の子であることに気づいた。

十郎にあやめと呼ばれた少女は素直にうなずくと、きびきびした動作でそこを離れた。

弥三郎はぼうっとした心持ちのまま、ずっとその後ろ姿を目で追いかけていた……。

それが、弥三郎があやめと、十郎、後の元雅(もとまさ)に出会った最初であった。弥三郎はそのときの情景をいつまでも昨日のことのように思い出すことができた。三郎、後の元重(もとしげ)の印象ももちろん強く焼きついている。もう一人、十郎の弟七郎、後の元能(もとよし)もその場にいたはずだが、その記憶ははっきりしない。十郎とあやめの印象があまりに鮮やかすぎて、覆い隠されてしまったのだろう。

十郎、七郎、あやめ、世阿弥の三人の子たちと弥三郎は度々入り交じって稽古をするようになった。周りに年頃の子がいない弥三郎を世阿弥が気にかけてくれた格好だが、何より十郎が温かく迎え入れてくれたことが大きかった。

稽古を見てくれるのは大抵三郎だった。三郎は十郎たちの従兄にあたる。彼の父は世阿弥の弟だが、いつも控えめにしていて目立たない父親と一緒にいることはほとんどなく、世阿弥にぴったりとついて身の回りのことを引き受けつつ、一座の若者たちの棟梁(とうりょう)のような立場に立っていた。背丈も大人とほとんど変わらず、声もはや大人の声で、謡も舞もしっかりして隙がない。弥三郎は正直言って彼が少し怖かった。