クマカワマサオ。当時、村議会議長。黒柳村長の勇退を受けて、その後継には自分がふさわしいと、黒柳村長の自宅を訪れ、村長職につながる言葉を引き出そうとしたらしい。

黒柳村長はマサオを後継指名せず、「私は耳が遠い。汚れた言葉は聞こえないようにできている」と、野にいた父に言ったそうだ。マサオは村長になれなかった。「黒柳や典章(父)のせいだ」と、思っていたに違いない。

クマダツネオ。「いずれ村長になる」という野心を抱き、その通過点として村議会議員職を狙っていた男。のち脅しによって対立候補を下ろし、無投票で村議会議員職に就く。

父の存在が邪魔で仕方なかった。

この男たちなら、密告などなんとも思わずにやる。

母方の叔父であるシブサワヒデフミは、A屋という屋号で事業を興し成功していたが、阿智村を食いものにしている一人だった。

ツネオと結託して好き勝手に振る舞っていたものの、あるときツネオと袂(たもと)を分かった。父の事故にツネオが関与していることを疑い、事故当日の様子を叔父に聞いたのは、あることをきっかけに叔父がツネオと不仲になったのを知っていたからだった。

そして、母方叔父のシブサワヒデフミを含めた「西の三悪人」(阿智村の中心地区である智里西を根拠としていた)の裏にオカダカツミがいた。共産党員であることを隠し、山内村長を追い落として新村長になると、三悪人と謀って4期16年にわたって不正の限りを尽くす。

私がオカダカツミと知り合ったのは、授産所改築の設計担当(前事務所所属時)で、彼が産業課係長のときである。一切の打ち合わせが彼一人で行われ、「機械設備の設計を○田工業にやらせろ!」と、言われたことには驚いた。黒柳村長がオカダカツミの仲人ということで、かなり強気で張り切っていた。

当時、教育長だった父は、黒柳村長からオカダカツミについて、「課長昇進を見送ってきたが、今回商工観光課長にしようと思う。あれは何をやるかわからないから注意せよ」と言われている。オカダは阿智村職員時代から贈収賄の噂が絶えなかった。

その数年前、クマダツネオの父鷹治郎が阿智村に1000万円寄付をしていた。鷹治郎氏の急逝により、その金の利用についてクマダツネオと村の話し合いが行われた折には、かなりの要望を黒柳村長に突きつけたという。

この時期には彼らの構想、「オカダ村長・クマダツネオ村議会議員、オカダ村政3期後、後継者としてクマダツネオ村長」ができあがっていた。

オカダと西の三悪人は私欲によって結託したが、結束が固かったわけではない。シブサワヒデフミとクマカワマサオは一つ違いのライバル同士であり、ツネオはその間を都合よく動き回っていた。オカダは村長となるために同じ共産党員であるツネオを必要としたが、私が不正を暴くために動き始めると、保身のために互いを疎んじた。

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『空模様』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。