入院してから何日経ったのだろう。美味しくはないが病院食を食べられるようになった。だが、相変わらず、熟睡はできなかった。「死の告知」を受けていた西村は、ラジオドラマで、聴きたくなるようなものがないかと探した。その結果、見つけることができた。

『赤いバス』というドラマである。

このドラマは、明日の命もわからない病を抱えた還暦を迎えた男・元社長と15〜16歳で成長が止まってしまったかのように見えるミツオ少年にて展開される。

病を持った社長は、経営している酒屋の仕事を長男に継がせる。そして東京の喧騒から逃れ、ホテルもなければ、ゴルフ場もない、田畑しかない山里の山荘に移り住む。ある時、元社長は畑の畦に赤く咲き揃っている鶏頭とカンナの花に目をとめる。「こんな赤い花を見るのも、今年限りか」、と思う。命の儚さを感ずる。

ある日、死期が迫っている病人である元社長は、散歩の途中でミツオという少年に出会う。ミツオは中学生に見えるが、実際は何歳であるかわからない。どこかおかしい。中学生くらいで、成長が止まってしまっているかのような印象だ。元社長は少年ミツオと心を通い合わせる。

ミツオ少年は、高速道路のバス停でバスが通るたびに「バスー!」と大きな声を発していた。赤い定期バスが通ると、「このバスでお姉さんが帰って来る」とミツオは元社長に言った。そのミツオには五歳年上の姉がいた。

しかし、バス停には、時刻表もなければ、バスは1回も停車しなかった。じつはミツオの姉はすでに亡くなっていたのだ。ミツオは山奥の川縁にある竹薮の竹の花を姉に見せようとして、沢に案内した。竹の花が満開であった。ミツオは姉に竹の花を採ってあげようとした。その時である。ミツオは川に転落してしまった。溺れかかったミツオを助けようとした姉は、ミツオを川縁の土手の上まで押し上げた。だが、姉は川で溺れて死んでしまった。「ミツオー!」という声を残して。