私は視力も人並みでしかなく、眼鏡なしで車の免許ぎりぎりである。でも顔を上げた瞬間、視線の先に小さな機影が止まっているように見えたのだ。

普段から空を見慣れていない私なのに、なぜか遠い上空の模様がすうっと目に入ってきたのが不思議だった。

「もう一機います」

更に高い航路を、クロスするように近づいてくる機体が見えた。今日は飛行機雲を引き連れていないので、ほとんど三角に見える姿だけを探すのは難しく、時間をかけて目を凝らさねばならなかった。

え? どこ? と促す園井と私は、宝物を探すような目で、長い時間立ち止まって薄い色の空を見上げていた。

まさかとは思ったが、念のために産婦人科で診てもらった私は、先生から妊娠二カ月目だと聞かされた。

そんな……。私は本来なら飛び上がるくらい嬉しい事実を、暗い気持ちで受け止めていた。困惑で涙も出なかった。

父親はひとりしかいない。あれから付き合い始めた園井佑人しか該当しないのだが、彼はもう私のそばにはいないのだ。

彼との初めての夜を思い出す。初めて男の人と朝を迎えた。ずっとひとりで、誰もいない家の中で一日を始める支度をしてきた。でもあの朝は違った。小さなベッドで目を覚ますと、すぐ前に佑人さんの穏やかな横顔があった。

髪が少し乱れているが、すっと通った鼻筋と軽く巻いたまつ毛を綺麗だな、と感じたものだ。しばらく寝顔に見とれていると、幕が開くようにそのまつ毛が上がり、私の視線を感じた彼は顔をこちらに向けた。

見つめあって互いの存在を確認し、私たちは柔らかい笑みを交わした。そして私は彼の胸に顔を載せ、ゆっくりと髪を撫でられながら、この幸せな時間をいつまでも感じられるように願っていたのだった。

「……それで、あの……予定日は?」

私はか細い声で聞いてみた。

「来年の六月くらいですね」

事情を聞いた年配の痩せて神経質そうな女医からは、未婚の若い女性の節度をたしなめるような目で見られた。

私はその視線から逃れるように顔を伏せたまま、新しい命を授かっているというこの現実を、まだ他人事のように遠く感じていたのだった。

※本記事は、2021年2月刊行の書籍『小節は6月から始まる』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。