2 ノースクロス王国

「アドニア」

トラザドスは咎めるのではなく、異教徒にも加護を包み与えるような柔らかさで語り始めた。

「モリーネは三歳の時から、きちんと手紙を書いてくれるとてもいい子だ。そして今でも我々のことを信じている。優しい父親の愛情で満たされているからだ。彼女は母親がいないぶんを差し引いても余りある愛を受け取っているということだ。本来なら担当者のストレクスが原因究明に当たるべきなのだが……まあ……ご覧のとおりでな」

アドニアは改めてストレッチャーで仰向けに横たわるストレクスに目を向けた。ただでさえ大きく突き出た腹が、大袈裟に巻かれたコルセットで大幅に膨らんでいる。

「ストレクス……崖から落ちたの?」

アドニアは立ち上って椅子を離れかけたが、その前に慌てて国王の許可を得てからストレクスの傍らに移動した。

「ああ……大したことはないんだ。崖じゃない。俺の家の階段、知っているだろ? ありゃ少し急すぎるよな。前から危ないとは思っていたんだが、つい考え事をしながら降りていたら……」

「何も考えずにワインを飲みすぎて落ちたって言ったほうがわかりやすいわよね」

気難しそうな看護師は、厳しい表情を変えることなく早口で言い切った。

「まあ……概ねそんなところだ」

サンタクロースとして超がつくベテランの域に達しているストレクスは、彼女と顔を合わさないように弱々しくアドニアに頷いて見せた。

「私は反対したのですが」

二度咳払いが起こり、振り向いたアドニアはバーニエールの神経質な顔に見据えられた。

「あなたに、ストレクスの代わりにモリーネの身辺を探ってほしいのです。これは国王陛下のご意向ということをお忘れなく」

「大地の世界に、私が行ってもいいのですか?」

「国王陛下のご意志だと、三度は言わさないでください」

バーニエールは平静を保ちながら答えたが、その声は小刻みに震えていた。

「アドニア。行ってくれるな? モリーネに何か哀しいことが起きていたらと思うと、わしはもう心配でおれんのだ。まだ日はある。このまま彼女が寂しいクリスマスを迎えることは耐えがたい。なんとか力になってほしい」 

トラザドス国王は長く豊かな白い顎髭を撫でながら、信頼を込めた瞳で若いアドニアに微笑みかけた。

「今年の適性試験は終わりましたが、国王陛下は、この結果によっては追試扱いとしての検討もご考慮されるとおっしゃっています」

バーニエールは気が進まないことを表に出さぬよう表情を制御する努力を忘れて説明を加えた。

「……本当ですか」

えー! と大きな口で叫びかけたアドニアだが、なんとかぎりぎりで修正することに成功した。ノースクロス人特有の淡い緑色を帯びた瞳が全開になっている。

トラザドス国王は厳かに頷いた。

「結果次第で、本当に私も、プレゼントを配れるようになるのですか?」

バーニエールも顔を背け気味に小さく頷いている。