禅は涙ぐんだ。出所してから自分を責め、誰にも気持ちを打ち明ける事も無く、仕事に没頭して来た。そんな禅を、そこまで気遣ってくれるのは賢一だけだった。

もちろん母や妹も気遣ってくれる。しかし、二人の前で弱さを見せる事は出来なかった。

「最近、涙もろくなったのかな?」

そういい訳をする禅を、賢一は黙って見つめていた。

「もうそんなしょぼくれた話はやめよう。今日はお前の再出発のお祝いなんだからな」

そう言って賢一は、生ビールのグラスを手に取った。禅も、つられるようにグラスを持つと、もう一度乾杯した。二人は懐かしむように、昔話をしながら飲み明かした。禅は思った。

〝こんなに楽しい気持ちになったのは、何年ぶりだろう?〟

考えてみるとバスケットで挫折してから、この数年、心から楽しい事はなかった。マリファナを売っている時も、金はあったが酒におぼれ、常にいつ捕まるか? という恐怖心があった。そして実際に捕まった。禅はしみじみ幸せを感じていた。

久しぶりの酒はうまかった。そして酔いが回るのも早かった。

「なあ賢一、俺は中学生の時まで、お前と一緒だった。特に小学校の頃は親兄弟よりお前と一緒だった気がする……」

「ああ、俺もそう思うよ」

「高校から大学、そして今日までいろんな人間がいたよ……バスケットをやっている頃は、多くの人が集まって来て俺を持ち上げた。そして親友だとか言って楽しく遊んだのに、俺が落ちぶれたら誰もいなくなった。そして、落ちぶれれば落ちぶれたで、落ちぶれた奴らが群がって来る。結局、誰もいなくなったよ……そして、全てを失った時、声を掛けてくれたのはお前だけだ」

「………」

「不思議だよな、長い間お前とは距離があったのに、俺の記憶の中で、親友と思えるのはお前だけなんだ……今も記憶の中で、お前と楽しく遊んでいた記憶が蘇るんだからな……」

賢一は、禅の顔を真剣に見つめた。

※本記事は、2020年10月刊行の書籍『アリになれないキリギリス』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。