再会

頭痛()恍惚()が交互に襲ってくる病気を患う母親、ドーラを抱えたミゲルとミルナの夫婦は、この民宿ドン・ロドリゲスを二人で切り盛りしている。

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ミゲルの尊敬する父、ホセ・ベルナルド・ロドリゲスは十年前に亡くなっており、そのすぐあとに母親はこの珍しい病気を発症した。頭痛が起こるときは、頭が割れるように痛み、この世の終わりかと思うほどの苦しみを味わうのだという。

そしてその発作が治まるやいなや、今度は得も言われぬ恍惚感が彼女を襲う。それはまるで、温かい風呂に入れてもらって重力から解放され、体中の隅々まで快楽が行き渡って思わずうっとりと微睡()(まどろ)んでしまうような感じなのだそうだ。

次にいつまた頭痛が戻ってくるかわからないのだが、そのことを思って不安になる隙も与えないほど、抗いがたく気持ちのいいものなのだという。

頭のなかにできた腫瘍が複数の神経細胞を圧迫するせいで起こる症状だということだけれども、高齢ということもあって手術することもできず、医者から処方された薬を一日三回飲んで様子を見ている。

「さあ、お義母さん、スープを飲んで」

今年で九十五歳を迎えるというドーラの主食は、もっぱら大好物のチキンスープだった。これなら消化もいいし栄養にもなる。今年に入ってから益々食が細くなってきた姑は、近ごろはほとんどこのスープばかり飲んでいるのだと嫁のミルナは言った。

だが、病気になってからも、夫婦はかいがいしく母の面倒を見てきた。それはひとえにこの母の人柄によるものだった。若いころから昼夜なく働いて、子どもたちの面倒もよく見たし、彼らが成人してからもひとりひとりに惜しみない愛情を注いだ。

嫁に来たミルナにも丁寧に仕事を教え、いつも優しく接する人だった。

「母が我々にしてきてくれたことを、お返ししているだけですよ」

民宿の主であるミゲルは、実直そうなまなざしでそう言った。二十歳(はたち)で結婚したドーラは、二十五年のあいだに十二人の子どもを産んだ。

上から、マリオ、エンリケ、ガブリエラ、ハビエル、カルロス、アレハンドロ、マヌエラ、エルネスト、レベーカ、フェルナンド、ビアンカ、そして末っ子のミゲル。

「子どもを産み過ぎたのかもしれないね」

恍惚のローテーションが訪れているとき、うっとりとした表情を浮かべながらドーラは言った。彼女は私がこの街の人々の話を集めていることを知ると、気持ちよさそうに微笑んで、ひとつの物語を聞かせてくれた。