八人目の子どもを身篭っているとき、ドーラはある光景(イメージ)を見た。折しも、当時のバティスタ政権に対して蜂起し、キューバ各地で民心を掌握しながら快進撃を続けていたフィデル・カストロが仲間たちと山地に立てこもっているときだった。
革命軍の気炎上がるシエラ・マエストラの方角から、夜空に向かってひと筋の大きな光が上がるのを見たのである。子どもたち全員を寝かしつけてから夕涼みに出ていたこの善良な母親は、慌てて家のなかにいる夫に声をかけた。
急いで飛び出してきた夫のホセ・ベルナルドは、その一瞬の光線を目にするのには間に合わなかった。実直な性格の彼は興奮した妻の話を最後まで律儀に聞いていたが、「よし」とうなづくと、「このことはほかの誰にも話さないことにしよう」と言った。
だが妻は、翌日の朝食の席で、子どもたちに昨晩自分が見たもののことを話した。七人の子どもたちは皆それぞれにその話を解釈した。
「お母さんは、幻でも見たんじゃないの」
と長男のマリオは言った。
「きっと、花火か何かを見間違えたのよ」
と言ったのは次女のマヌエラ。ほかの子どもたちも、半信半疑な反応で、それほど重要なことのようには取り上げなかった。
だが、ただひとり、次男のエンリケだけは、母のこの夢まぼろしのような話を、最初から最後まで目を輝かせて聞いていた。
民衆のために立ち上がり、当時の一般民衆にとって悪の権化であったバティスタ政権を打倒しようと連戦に連戦を重ね、各地で勝利を収めていたカストロたち反政府軍に心酔していたエンリケは、この母の話に熱心に聞き入っていた。
そして、興奮を隠せないといった様子でこう言った。
「お母さん、間違いない。フィデルは成功するよ」
「それは、あの光を見た瞬間、私が確信したことと同じだった」
と、老ドーラは前方のとある空間を見やりながら言った。その表情には恍惚が満ち溢れていた。
だが、彼女が見たその幻影だか光景だかは、後に一家に悲劇をもたらしもした。