葭葉(よしば)出版・島崎の元を再び訪れた芹⽣(せりう)研⼆。「あなたの作品は出版が難しい」と言う島崎に、芹⽣はある質問をぶつける。それは、過去に最終選考まで残ったという自身の作品についての質問だった。「あの作品がどうして残れたか、教えていただけませんか?」……。

その言葉を聞いて、力が抜ける気がした。

「誤解しないで聞いてください」
「はい。なんなりとおっしゃってください」
「では……一言で言えば、あの作品、『砂礫の河』が最終選考に残ったのは運が良かったからだと思います」
「運ですか?」

その言葉を聞いて力が抜ける気がした。「運が良かった」、で片づけられては納得ができない。

「芹生さん、どうやら不快に感じているようですね」
島崎がこちらの様子を窺いながら言った。

「ええ、正直なところ」
「ですから最初に、誤解しないように、とお願いしたのです」
島崎が笑みを浮かべながら言った。

「失礼しました。なんなりと、と言っていながら」

島崎は頷きながら話を続けた。
「では続けます」
「はい」

「運が良かったと言った意味は、選者に恵まれていた、ということです。『砂礫の河』の選者は中尾魁(かい)先生でした。ご存じのように中尾先生は純文学の中の純文学作家と謳われる先生です」

「中尾先生ですか……」中尾魁の名は、俺に驚きと僅かな自信をもたらした。

「ええ、そうです。中尾先生は芸術性に乏しい作品は容赦なく切り捨てます。ですから芹生さんの作品は先生の厳しい眼鏡に適かなったということです」

「中尾先生はわたしの尊敬する作家の一人です。正直、中尾先生に選んでいただけたことをとても光栄に思います」
高揚する気持ちと同時に、結局は受賞できなかった理由を知りたかった。それを見透かしたように島崎が続けた。

「ただし、残念ながら中尾先生は最終選考委員ではありませんでした。もし中尾先生が最終選者だったら『砂礫の河』が受賞した可能性はあります」

島崎の言った「紙一重」の意味がようやく見えてきた。

「島崎さん。最終選考の様子をうかがってもよろしいですか? もちろん差しさわりのない範囲で」