「ええ。最終選考では五作品が審議の俎上に載りましたが、最終的に『砂礫の河』と受賞作の『閉鎖花(へいさばな)』に絞られました。『閉鎖花』は、お読みになっているかもしれませんが、青春官能小説とでも言うべき作品で、未熟な青い性のほろ苦さ、甘酸っぱさに重ねて、より濃密な性を巧みに描写した作品です。いわば『砂礫の河』とは対極にある作品かもしれません」

「もちろんわたしも読みました。確かにわたしとは取り上げたテーマも作風も異なるとは感じましたが、立派に受賞に値する作品であると思います」

そう言いつつ、心の奥底で『砂礫の河』の方が相応しいと感じている自分がいる。もちろん、その程度の矜持(きょうじ)がなければ作家など続けていないだろう。

「芹生さん。そうは言いつつも、なぜなんだ、と思うでしょう」
島崎は俺の心根を見抜いているかのように笑みを浮かべた。彼の前では本音で語った方が良さそうだ。

「では正直に言います。『閉鎖花』が素晴らしい作品であることは認めます。でも芸術性においては『砂礫の河』が優れていると思いました。つまり受賞に相応しいと」

「その自信がなければ応募なんかしませんよね」、相変わらず笑みを浮かべて島崎が言う。

「芸術性ではまさに芹生さんの言われるとおりだと思います。ではなぜ『閉鎖花』が選ばれたか教えましょう。その前に」と言ってスカッチアンドソーダを頼んで口を湿らせた。と同時に笑みが消え、真顔になった。

「結論は簡単です。どちらの理解者が多かったか、ということです。確かに『砂礫の河』は芸術的に優れた作品ではありますが、すべての審査過程の中でその芸術性を、本当の意味で理解した先生方が何人おられたか。言い換えれば、それほど難解な作品であったということです」

「難解ですか?」

「ええ、そう思います。一次選考から最終選考までに審査をされた先生方で、『砂礫の河』の芸術性の真の理解者は中尾先生とあとは……一次選考で通された来栖(くるす)先生だけではなかったか、と推測します」

「お二人だけ」

「はい。でもそのことはある意味では凄いことです。中尾先生の眼鏡に適う作品、名だたる先生方を悩ませるほどの作品はそうあるものではありません。最終選考の先生方も人間ですから、本質を理解しきれない作品を強く推す自信と動機が持てなかったのでしょう」

島崎はスカッチを口にした。