著者本人による前書きに代えて

村田さんは近頃の人が言うところの「コミュ障」なのだろう。「ビミョーな」場面で言葉足らずのことが多く、しばしば実際以上に悪い人柄に見られてしまうようだ。非常にはにかみ屋なところが、愛嬌のない表情と円滑さを欠く会話のせいで、傲慢な人物だと思われてしまいがちだ。

確かに少々傲慢なところは有るけれど、彼女は特に悪い人ではない。大学で彼女と知り合った私はたまたま彼女と話す機会が他の人達より多かったので、それが分かった。「あなたには棘が無いから話し易い」と彼女に言われたけれど、それはいつもお気楽に生きている私への賞め言葉だと素直に思っている。

彼女が二十才(はたち)前後の頃、「何なのだ、これは」と人々が驚くような著作をしたいと語ったことを憶えている。明晰な文章が並んでいるのに、何が書かれているかについては考え込まされる著作。それを読む前と後とで、その人に見える景色が一変してしまう著作。

外国語に翻訳し易いのに、翻訳書を読んだ外国の人が是非とも原文を読みたいと思い、そのために日本語を勉強してくれるような、そんな著作。ふーんと思いながら私は聞いていたけれど、そういうものを書けると本気で思っていたとすれば、やはり彼女は傲慢だったということかしら。

ところが彼女は二十代半ばで、執筆活動は今後一切するまいと決意したのだそうだ。「まとまった書き物など今後は一切しない。発信はせず、ひたすら受信に徹すると決めた」ということだった。大学卒業後、居住地が遠く離れていて、彼女とは年賀状のやり取りくらいになっていた私は、三十代の半ばで偶然彼女とまとまった話をする機会が有ってそう聞いた。

私は大学院には進学しなかったので、彼女にそう決意させるほどの何があったのかは知らない。彼女も理由は詳しく語らなかった。学部生の頃の彼女を振り返ると、研究室で会うか図書館で見かけるかのどちらかしかなかったことを改めて思い出したものだ。三十代半ばの彼女はその時、「小学生の頃に考えていたように生物学の研究を目指せば良かったのかも」と笑いながら言っていたけれど。

そんな彼女が五十代になってから、やはりこれだけは書いておきたいし、人々に読んでもらいたいと、この著作の執筆と推敲を重ねてきたらしい。これを出版したいと思っているけれど一度読んでみてほしいと、彼女が先日私に連絡してきた。