小樽幻想

新堀透は、今46才で半年前妻を交通事故で亡くし、哀しみにくれていた。

親友の裕次郎はそんな透を気づかい、さかんに生まれ故郷である小樽に帰って来いと言っていた。でも透は、そんな裕次郎の優しさをわずらわしく感じ、ずっと断わっていたのだ。

そんな透に、ある日クラス会のハガキが届いた。けげんそうに欠席に○を付ける透。クラス会の事などすっかり忘れていたある日、透はテレビを見ていた。チャンネルを切り換えると、突然小樽の風景が――。

『そうだ。あさってはクラス会だ』

何だか裕次郎にすまないようでいて、嫌な事を思い出したような不快感を覚え、電源を切る透。あたりに静寂が訪れた。妻が死んだ今、休日は透にとって楽しいものではなくなってしまった。沈黙の世界にいると、死んだ妻の事を思い出してしまう。

『もう夕方か。新聞でも読もう』

その時である。間違いで配達されたハガキがあったのは。
透は何の気なしに裏面を見ると、田土悦史の「小樽幻想」が――。

田土悦史――それはあの人が好きだった画家。花や風景が得意な画家が、たった一枚幻想的な絵画を描いた――。それが「小樽幻想」。

何か運命的なものを感じた透は札幌行きの最終便に乗る。札幌に着いた透は我に返った。勢いでここまで来たがどうしたものだろう。このまま小樽へ行くべきなのだろうかやはりここは――。いや一晩考えよう。透はまんじりともせず朝をむかえた。