翌日、さんざ迷ったあげく小樽行きの電車に乗った透は、まず築港駅でガッカリした。
“ウイングベイ小樽”が建っていたからだ。

昔――透が札幌から小樽に帰って行く時、少しずつ小樽の海岸線が見えて来て、築港駅に着いた瞬間『小樽に帰って来た!』と実感したものだ。亡き妻と小樽を訪れた時も築港の風景を熱弁していた。それが今――。

『これは、とんでもない事になりそうだ』

透は、早くも後悔し始めた。小樽に着いた透。このまま折り返しの電車に乗って東京に帰ろうかな。しばし考えたが、とりあえず駅を出よう。小樽で失望してもいいじゃないか。もはやここは俺の故郷ではない。全く知らない土地さ。異邦人のようにここをさ迷うのも悪くない。

透は、心の傷に塩でもぬりたくりたい気持ちにかられ、運河の方に歩を進めた。手には観光マップを持ち、全く知らない土地を歩く観光客になりきった。

透は近くのラーメン屋で腹ごしらえをすると、ラーメン屋で70〜80代の男性が店主と言い争っている声が響いた。おじいさんは、お金を持って来るのを忘れたらしい。

こんな騒音は小樽に似合わない。そう思った瞬間、透はサイフに手をかけ、すばやくお金をぬきとった。自分がなぜこんな行動をするのかわからない。みんな信じられないという顔をしたが、透はさっさと会計を済まし、店の外に出た。

「ちょっと待ってくれ!」
と、呼び止める声があった。あのおじいさんだ。おじいさんはキツネにつままれたような顔で透の顔を見つめていたが、すぐにお礼を言い、お金を返したいので一緒に来てくれと言った。余りかかわりを持ちたくないと思った透は、丁重にお断わりをした。

しかし、それがおじいさんにとって冷たく感じ、
「お金はすぐに返す! しかし取りに行く間あなたの時間を無駄にしたくないので、小樽を案内しよう。幸い私の家は観光地の堺町通りに近い。観光しながらそこに行こう」
と、言い出した。

※本記事は、2020年11月刊行の書籍『小樽幻想』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。