桜井会長は、流通の説明を始めた。

獺祭は、酒蔵から小売店へ、クール便で届く。店では、必ず冷蔵庫の中に並ぶ。それを消費者が、買って帰って飲むので、開けたてはフレッシュだ。だが、プレミアム価格で売る店は違う。小売り店で消費者のふりをして買い集め、それを常温で店頭に並べる。時間も経っているので、味が落ちてしまう。

「私どもは毎日、努力してます。どうにかして、もっとおいしい酒を造ってやろうと。それが、流通の過程で台無しにされるのは、我慢なりません。それで、新聞広告を出させてもらいました」

全国紙に全面広告を出した。そこに、獺祭の定価とプレミアム価格、正規販売店の一覧を掲載したのだ。不当に高い価格で買ってくれるなという、告知である。

「売り上げが、落ちたと伺いました。大丈夫だったんですか?」

「警部補のおっしゃる通り、一時的には下がりました。営業には、会長のせいだとずいぶん怒られましたよ」
桜井会長は、頭を掻いてみせた。だが、その仕草とは逆に、表情は明るい。
「でも、その後すぐに持ち直してます。すぐに、広告以前の水準を、上回りました」

タミ子が、桜井会長を見上げ、笑顔でうなずいた。
「ちょっと日本酒に詳しい者ならね、皆わかってるのさ。冷蔵庫に入れてない純米大吟醸は変だって。だから、あの広告を見たときには、思わず手を打って、拍手ダッサイしたよ」

タミ子が、可笑しそうに笑い出し、続いてトオルも大笑いした。

「ええ話やけど、今回の事件では、参考にはなりまへんなぁ」
「勝木課長、何があったんですか?」
「要求状が届いたんですよ。身代金で、新聞広告を出すようにと」

桜井会長の問いに、勝木課長が状況をかいつまんで、説明した。
その場の全員、狐につままれたような気分である。

「さっき、言ってた通りだな。確かに一筋縄でいく相手ではない」