人質は「三億円の田んぼ」……。
世界一の日本酒をめぐり、渦巻く黒い思惑。
『田に毒をまいた。残りの山田錦が惜しかったら、五百万円用意しろ』。
烏丸酒造に届いた一通の脅迫状。見れば一本百万円を超える純米大吟醸酒の元となる田の一角が枯らされていた。捜査の過程で浮上する、杜氏の死にまつわる事件の疑惑。そして、脅迫犯が突きつける、前代未聞の要求とは――。
酔(よ)みすぎご注意。 ふくよかに味わい深い、発酵醸造ミステリーを連載にてお届けします。
第二章 一日一合純米酒
(九)
脅迫犯からの二通目、要求状は郵送で届いた。烏丸酒造への郵便は、午前と午後の二回届く。午後の配達は、二時過ぎ。土曜日の午後もいつもと同じ時間。
業務通信や私信の中に、差し出し人のない白い封書が、混じっていた。宛先は、烏丸秀造。タミ子の指摘で、多田杜氏の死が他殺なのが明らかになった。
その捜査が、再開された矢先のこと。岩堂鑑識官が、手袋をして郵便物を仕分け、その封筒を選り出した。封筒の指紋を確認し、首を左右に振る。
「消印は、神戸市内。投函されたのは、昨日です」
百五十万人都市だ。つまり、手がかりにはならない。玲子がうなずくと、岩堂鑑識官は封筒を透かして見てから、ハサミで封を切った。
中から手紙を取り出し、両面を透かすように眺める。ついで薬物を使って指紋を確認したが、再び首を左右に振った。
手袋をした秀造が、岩堂鑑識官から手紙を受け取って開く。文面を見た瞬間、眉が上がり、口をぽかんと開けた。そして小首を傾げると、訝し気な顔で玲子に差し出してきた。
【主な登場人物】
山田葉子:日本酒と食のジャーナリスト
矢沢タミ子:居酒屋経営者
矢沢トオル:タミ子の息子
葛城玲子:播磨署警察官 警視
高橋 仁:同 警部補
勝木道男:同 捜査一課課長
烏丸(からすま)秀造:『 天狼星(てんろうせい)』醸造元 烏丸酒造 蔵元
烏丸六五郎(むつごろう):同 先代蔵元
多田康一:同 前杜氏(とうじ) 故人
大野 真:同 副杜氏
佐藤まりえ:同 賄い担当
速水克彦:同 新杜氏
富井田哲夫:県庁農林水産振興課課長
松原拓郎:農家
松原文子:拓郎の妹 農家
桜井博志(さくらいひろし):『獺祭(だっさい)』醸造元 旭(あさひ)酒造会長
甲斐今日子:酒屋
黒木 将:酒屋
ワカタ ヒデヨシ:元プロサッカー選手、日本酒プロモーター
スティーブン・ヘイワード:有機認証機関検査官