第二章 一日一合純米酒

(九)

玲子の言葉に、タミ子は首を左右に振った。じっと考え込んでいる。どことなく、悔しそうだ。

「まさか広告とはねえ……」
首をひねるタミ子をよそに、トオルが手を打って、大声で言った。

「やっぱ、怨恨でしょ!」
「怨恨?」

「そう。烏丸さんに痛い目に遭わされたヤツがさ、逆恨みしてんだよ。謝罪広告を、出させるつもりなんじゃない。それなら筋が通る」

「謝罪広告って、何を?」

「何か、ここの酒のイメージが悪くなるようなこと。原料米に、使っちゃいけない汚染米を使ってたとか。前に、九州の酒蔵でもあったよね。それか使用禁止の添加剤、黙って入れてたとか。天狼星のイメージを、落としたいんだよ」

「ええこと言うわ。きっと、それやろ」
勝木課長も手を打って、大きくうなずいた。
「そうするとですな、烏丸社長。こちらの酒蔵を恨んでいる者、心当たりはどないですか?」

秀造は、一瞬戸惑った。その後すぐに、ムッとした表情になる。どうやら、心外らしい。
「うちの蔵は、それは真っ当な蔵ですから。他人から恨みを買うことなど、全くありません」
「ほな、烏丸さん個人としては、どないです?」
「なおのこと、他人に恨みを買うようなことは、何一つありません」
「そうでっか」

「こちらは、大したことないと思ってても、相手が根に持ってることは意外とあります。烏丸さん、よく考えてみてくれませんか?」
高橋警部補が、じんわりと促すと、秀造は考え込んだ。やがて、ぽつり、ぽつりと話し出す。

「強いて言うなら。蔵に戻って来てすぐ、大リストラやったんで。あのとき、首を切った社員の中に、恨みを持ってる者はいるかも」

「なるほど、逆恨みですね」
「あと、二十年ほど前。近所にあった酒蔵が、銀行の貸し剥がしにあって潰れたんです。そのとき、近くに酒蔵は二軒もいらんと言われたみたいで。蔵元が、ショックで亡くなったとき、うちのことを大層恨んでいたと、後で聞きました」

「遺族の方が、いらっしゃるかも知れませんな」

「うちの酒は人気なので、新規の酒屋の取引きは、すべて断ってるんです。ところが、そこをなんとかと、押しかけて来た酒屋がありました。あまりにしつこいので、力づくでお帰りいただいたんです。そのとき、もみ合った拍子に歯が折れて、怒って捨て台詞吐いてた酒屋もいたような」