「会社に、大きな金銭トラブルはないようです。経営は順調ですね。かなり儲かってると言えます。蔵元個人の経済状態も良好です」

「ふむ」
「怨恨(えんこん)など、人間関係については、これから調べますが、過去にはいろいろあったようです」
「そうか、そっちが本命やな。頼むでえ」

それまで、上の空で報告を聞いていた玲子が、口を開いた。
「過去の類似の犯罪は? 調べるように言っておいたが」

そんな話、勝木は聞いていなかった。
だが、調べるまでもない。その程度のことも、知らないのだ、都会者は。

「警視、それはありませんわ。田んぼに毒をまいて、脅すなんて。普通には、絶対に事件になりません」
つい、勝木の口調が荒くなる。

玲子の大きな目が細くなり、勝木を刺した。
「なぜだ?」

「田んぼの価値が、低いからですわ。普通の米やと、一反あたりの売り上げは、せいぜい十五万円くらいにしかなりまへん。せやから、脅されて金を払う農家はいまへん。また、払えるほど豊かな農家もありまへん」

玲子は、面白くなさそうに、黙って聞いている。

「今回の事件は、日本一と言われる、超高級酒米を栽培する田んぼだから起きた。皮肉な話とも言えますなあ」

烏丸酒造の田んぼが高く評価されるのは、その米から生み出される日本酒のためなのだ。

同じ米なのに、その差はなんなのか。警察官ながら兼業農家を営む勝木は、そこにちょっと面白くないものを感じていた。

田んぼでは、わざと、ああは言ってみたものの、犯人が狡猾であることは、勝木も十分に承知していた。田んぼは、無防備だ。毒をまく気があれば、防ぎようがない。二十四時間警護することなど、できるはずがない。

「つまり、調べてないのか?」

玲子の問いに、捜査員の一人が、首を左右に振った。手元の資料を、めくり始める。