第一章 三億円の田んぼ

「田んぼがらみの事件では、五年前に山形で一件。稲を刈って持ち去る、盗難事件の記録がありました」
「ほう、どんなんや?」

「盗んだコンバインで、収穫間近のコシヒカリを刈り取り、トラックで運び去ってます。その秋、山形県内、何か所かの田んぼで盗んだ後、犯人グループは捕まってます。農家と元農協職員でした」

食べる米、飯米をコンバインで刈り取る盗みと、特級酒米の田んぼの脅迫は、奥羽山地と瀬戸内海くらい違う。

「盗難は、ちゃうな。今回の事件とは関係ないやろ。他には?」
「それ以外、国内では、過去に類似の事件はありませんでした」
「海外は?」
畳みかけるような玲子の声、何故かトーンが上がっている。

「はい、警視。フランスのブルゴーニュ地方で、二千年に類似の事件が起こっています。ワイン用のブドウ畑に、除草剤をまいてブドウを枯らし、金銭を要求した事件です」

「どういうブドウ畑だ?」
「ピノノワールの特級畑。最高級の赤ワインを造るブドウの畑です」
「どうなった?」
「金銭受け渡しの際に、犯人が捕まってます。畑のオーナーに恨みを持ってる者でした」

玲子が、勝木の方に視線を送ってきた。冷ややかに。
悔しいが、この情報は参考にせざるを得ない。

「今度の犯人も、どっかでその話聞いて、真似しとるのかも知れんな。そやったら、前は受け渡しで捕まっとるから、そこを工夫してくるかもしれん。その事件のこと、もう少し詳しく調べてみてくれ」

癪だが、手応えを感じたのも、事実だった。
捜査員たちが、応接室を出ていくと、入れ代わりに秀造が、部屋に入って来た。
入るなり、厳しい顔で、首を左右に振る。

「銀行は、無理そうです」

土曜なので、窓口は開いていなかった。ATMで、五百万円は下ろせない。


「弱りましたな、身代金が準備できないとは」