結婚前に私の実家に一度、舅、姑、夫の三人で挨拶に来た時、姑が私の母にこう言った。

 

「実の娘のように大切にしますから。お母さん安心して下さい」

人は、時にジーンと感動させることを言う。言うのはやすし、行なうは難しいのだ。有言実行ができたならどんなに楽だろう。もっとも人ごとではないのだけれど。

姑も、かつては嫁として何十年もこの家で年月を重ねてきた。姑の姑も大変厳しい人だったらしい。昔の人は、今以上に男尊女卑も強いられたであろうし、嫁は女中扱いされていたとも聞かされたことがある。姑の生き様も、私には到底想像できない。

いつの世も、嫁は嫁でしかない。誰一人として同じ人生を歩むことは不可能である。不可能であるがゆえに尊い。この世に命を授かり生かされていることへの感謝の気持ちは忘れてはならぬと思う。

女の幸福は、結婚で決まるのだと言っても過言ではないと、この時は感じていた。

伯父も同居していた。幼少期に高熱のため聴覚を失ったらしい。伯父はすごいなと感心したことがある。学校へ行っていないのだが、毎朝、新聞を全ページ読んでいることだ。私でさえ、新聞は、テレビ番組欄と折り込みチラシしか見ないのに。伯父は多分、頭の良い人で人格も形成されており思考も深い人なのだと勝手に思っていた。

もう一つすごいのは、手先が人一倍器用だった。折り紙がいつも手元にあり、鶴や昆虫、ゴミ入れなどを作っていた。折り紙の角と角は一ミリのズレもなくきちんと丁寧に重なり合い、鶴の仕上りはとても美しい。美しい鶴の様と、それを折る伯父の心も美しいとさえ感じることができた。

もし、会話が可能であるならいろいろなことを話してみたい。伯父は、時々、優しい瞳をしたり、厳しい瞳をしたりした。それだけ感情も豊かな人に違いないと私は、尊敬していた。

時々、食事を残した時に姑に叱られていたが何だか可哀そうに思えた。完璧な人はこの世に存在しないのだから、大目に見て欲しいと願っていた。

家の中で、一番普通の人だった。

夫は、高身長高学歴。車が好きで派手なタイプの人だった。所作が優しく女性にモテるタイプだ。子供の頃、習字を習っており、達筆だった。多少、掴みどころのない性格ではあったが、何の問題もないと思っていた。会社の後継者となる人物であった。舅とは容姿も性格も全く似ていなくて、親子と言われなければ、赤の他人にしか見えなかった。

たいていは、舅に怒鳴られ叱られていることが多かった。父親と息子がこれほどまでに信頼関係が欠如しているのを今までに見たことがない。舅が一方的に頭ごなしに抑圧しているだけで何の解決策も生まれないのだ。

夫が小声で言い返したとしても、舅の前ではすぐに、ヘビに睨まれたカエルになる。自分の意見を言えなくなってしまう。相手の思う壺である。負けるな!と心の中で背中を押したが無駄であった。この二人の関係は、いつかどこかで修復して欲しいと本心から願っていた。

家の中の上下関係は当然、会社の中でも同じだった。社員の前でも舅は平気で夫を怒鳴り散らした。怒鳴られた夫はすぐにその場からいなくなる。こう言う繰り返しは、好転のチャンスを逃してしまう。話し合いの場面が必要なのだけれど、水と油は決して混じり合わなかった。

夫と私は、それぞれの環境で三十年あまりを過ごしてきた。今まで全く知らない二人が夫婦になり、私は違った環境で暮らしていく、これは真に奇跡なのだ!

これからの未来を、二人三脚で楽しく生きられたら良いと期待に胸を膨らませていた。

 
※本記事は、2020年10月刊行の書籍『プリン騒動』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。