Chapter3 定住への道

さて、川田は大人しく座ったものの、場の空気はどこかぎすぎすしたままだった。

「俺から言っておきたいことがある」
早坂がすっくと立ち上がり、歩いて林の隣に立った。

泉は違和感を覚えた。なぜ彼がわざわざ林の隣に進んで行って立ったのか――いつもならその場で話し始めるか、林に座るように促すのに――。

早坂はいつもの通り朗々と、だがどこか脅すような鋭さを漂わせて言った。

「今回作る塀の意味なんだが、一つは承知の通り、ここにいる者の安全のためだ。でも、もう一つ重要な意味がある。これはもしかすると安全よりずっと大切なことかもしれない」

全員の関心が早坂に注がれた。

「みんなはタイムトラベル・パラドックスという言葉を聞いたことはないか? 時間旅行のSF小説によくあるストーリーだ。主人公がタイムスリップして過去を変えたために、現代や未来に変化が生じ、主人公の存在が矛盾してしまう、というアレだ。我々は、現代から縄文時代にタイムスリップしてきた。本来、我々は縄文時代に居ない存在だ。もし我々が縄文時代で大々的に活動したら、歴史が書き換えられ、我々の知っている歴史が変わってしまうかもしれない。そうすると、我々が帰るべき『現代』そのものが消失してしまう可能性がある」

「ええっ!」一同は大きく動揺した。

「我々がこれから作ろうとする塀には、我々と縄文時代の間の関わりをできるだけ小さくするという意味もある。帰るべき未来を守るために、我々は歴史を変えてはならない。これは何も我々のためばかりでなく、我々が『現代』に残してきた家族や地域、社会、もしかすると日本という国自体が――(彼はここで一旦唾を飲んだ)。

とにかく、そういった全てに関わってくる。歴史を変えないことが、我々がここで生きる最低限のルールなんだ。そのためにも塀は必要だ。そういうわけだから、みんなの協力を頼む」