在家は、財を蓄えることは安楽である、無一物は苦しみである、と考えるだろう。諸々の聖者は、無一物であることが安楽であると見る。執着するものがないからである。

世間の人々が安楽であると称するものを、諸々の聖者は苦しみであると見る。世間の人々が苦しみであると見るものを、諸々の聖者は安楽であると知る。解し難き真理を見よ。

人々はここに迷っている。しかし、中には分かる人もいよう。行け。行って人々の利益と幸福のために、安らぎに到る道を説け。わたくしはウルヴェーラーに行く。〉」

この遊行が、今日私達が見るSn.に繫がっている。ラージャガハで托鉢するアッサジの姿を見たサーリプッタは、アッサジに師の名を問う。そして無二の友のモッガラーナと共に、ゴータマの弟子となる。二人の大勢の弟子も行動を共にする。

サーリプッタは、後の世の人がゴータマの十大弟子と定めた者の一人で、頭脳明晰、智慧第一と言われ、ゴータマの相続者とゴータマが期待したそうであるが、ゴータマよりも先に病死している。サーリプッタの系統の人がSn.をまとめたといわれている。

モッガラーナも十大弟子の一人であり、熱情家の行動人とされているが、異教徒に襲われ、サーリプッタと同じ頃、ゴータマに先立って亡くなっているという。この二人はゴータマの弟子の双璧といわれ、ゴータマの落胆は少なくなかったという。

ゴータマはウルヴェーラーに着くと、ウルヴェーラー・カッサパという、多くの弟子を持つバラモンを訪れた。カッサパは火は一切のものを浄(きよ)めるという信仰を持って、火に供養を捧げ、人々の幸を祈っていた。ゴータマに、カッサパを教化しようという、挑戦的な思いがあったのであろうか。

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