二人とも県大会に出られるとは思っていなかったから、夏期講習に申し込んでしまったんだ。一年生が繰り上げで出ることになるんだろう。トロンボーンは川井君だ。ホルンは一年生の女子が二人いる。

二年の先輩が先に入部した一年生の肩に手を回して励ましている。桃井先輩はまた頬を膨らませて

「こんなタイミングでよく抜けられるよね。無責任だよ」と怒っている。

黙っている僕と華山さんに向かって表情を直して、

「先輩たちはみんな秋から受験勉強すれば大丈夫って言ってるからね」

と元気な声をかけた。周りの先輩たちも同調して卒業生の進学先を次々と挙げた。みんな有名な高校ばかりだった。

県大会まで合奏練習は一週間しかやれなかったけど、僕はいつもステージにいたときのことを思い出して吹いていたから、地区大会とは比較にならないくらいに落ち着いて吹けた。結果は銀賞だった。

これで三年生は高校受験の準備に入り、部活は八月の末から新しい部長やパートリーダーを決めて再開だ。僕の一学期は吹奏楽部中心に終わった。無理にお父さんやお母さんのことを考えないようにしなくても、いつも目の前にやらなくちゃいけないことがあって、追いまくられて夢中で走り切った毎日だった。

汗をかいて目が覚めた。平日なのに千恵姉ちゃんと昭二兄ちゃんがいた。食堂で由美と三人でブドウをつまんでいた。

「よく寝たねー」とお姉ちゃんが言う。

「疲れも溜まるよなあ、クーラーなしでラッパ吹きまくっていりゃあなー」とお兄ちゃんが合いの手を入れる。

「今日はお買い物に行くのよ。ご飯食べていないのお兄ちゃんだけだよ。早く食べてー」

待ちくたびれた由美が足をばたつかせた。お姉ちゃんたちは今日から木曜日まで会社もアルバイトも夏休みを取った。コンクールの県大会後に沖縄に行こうとお姉ちゃんたちが計画していてそのための買い物だ。

飛行機に乗るのももちろんだけど、初めての体験ばかりだった。飛行場に着いたら、千恵姉ちゃんの同僚の親戚の人が迎えに来ていた。水族館に行って、船底がガラスの船に乗ってから民宿に行った。

シュノーケルを咥えて珊瑚礁を見たし、バナナボートに乗って引っ張ってもらったし、砂浜で昭二兄ちゃんとフリスビーを思い切り遠く離れてやった。サトウキビジュースを飲み、沖縄料理はおいしかった。

次々と目新しいこと、面白いことがあって、あっという間に二泊三日が終わった。昭二兄ちゃんも千恵姉ちゃんも、もちろん由美も大声で笑い、僕も大声でしゃべって、大声で笑った。

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