第一章 再起

《…毎日、夕方になると二人で、母亲(ムーチン)の学校まで、歩いて行ったね。母亲が、いつも駄菓子屋さんでお菓子を買って、一つのお菓子を半分にして、母亲と三人でじゃんけんして勝った二人が食べてたね。

小詩(シャオシ)はパーしか出せないけど、母亲と私はいつもグーだから、小詩はいつも勝てたね。母亲の右手は指の骨が開かなくてグーしか出せないと私は知っていたから。

仁は、中国への訪問に合わせて、いつでもどこへでも連れて行ってくれます。大連では、いつも店に来てくれて、一緒にホテルへ帰りました。北京、上海、青島、天津、成都へも付いて行きました。仁の仕事の日は、昼間に一人で観光と買い物をして、休日は二人でデートを楽しんだの。

仁との時間は、日本人が、私達をどのように見ているか教えてくれました。また、外国人が中国に対して持っている不信感や不安、期待を感じ取ることもできました。天津で座席が汚れているタクシーに乗り込もうとしない仁には困っちゃった。「ここは中国よ」と窘めて、無理やり乗せたのも楽しい思い出です。

ずっと二人でいたのに急に家を離れて、大連に住むことになってごめんね。あなたに何回も説明したけど、分かってないよね。

母亲の言うことを聞いて、しっかり食べて元気にいて下さい。》

学生寮での狭い四人部屋の生活と比べると、仁とのひと時は、慎ましい小旅行だったが、とても楽しかった。

人生で経済的な制約のない初めての日々で、仁が中国にいる間は、有頂天の毎日だった。学生寮の湿った寝具の薄暗い室と違い、明るく乾いた綺麗な寝具での就寝と楽しい観光をし、このように各地を旅行しながら生きていくことができたらと思うととても幸せで、そのことが、勉学への意欲に影響を与え海外留学への思いを駆り立てたのも事実だった。

一般的な中国国内の宿泊施設は、一般中国人が宿泊する「旅館」、中国人の出張者用の「飯店」、主に外国人の出張者が宿泊する「酒店」、外国人観光客が宿泊する「大酒店」等に分けられている。宿泊施設は、星の数で明確に区分けされ、外国人用のホテルは、基本的に三ツ星以上だ。特に指定しない限り、ツインベッドルームで宿泊料金は部屋単位、一般的に宿泊人数に関係ない。

仁の中国滞在機会が多くなるにつれて、社内アテンドや手配、気配りもなくなり、社内経費に影響が出ない状態で行動を制約されることもなくなった。移動・宿泊予約は、グループ会社の旅行社が行っていた。出張族となった仁は、個別担当者が付き、仁の要求を正確に履行し、社内請求するもの、個別請求するものの切り分けも正確に行っていた。