プロローグ

最後の周回に入ってマシンは快調だった。本来なら自分がサポートをしなければならなかったはずのチームメイトのマシンが、ダンロップカーブでインに寄りすぎ、大きくタイムロスをした。

何台ものマシンに抜き去られるのを横目で見ていた。最終周の今、四位につけている。最終周のカストロールSと呼ばれるカーブをアウトからインに入るとき三位のマシンの内側にホールができる。

そこをすり抜けて前の緩やかなカーブで加速をする。膨らむのを嫌ってふかさず、かなりアウトからインに切り込むだろう二位のマシンのぎりぎり後方につける。少し手前でアウトに寄り、インに切り込み、アウトに出るタイミングをずらしてインから抜いていく。

ビットカーブで二位のマシンに仕掛ける。直線をアウトぎりぎりで加速すると二位のマシンをとらえることができる。マシンが快調なときはレーサーも快調だった。

こんなときには前を走るマシンの作るわずかな隙間が手に取るように見える。アウトからイン、インからアウト、フェンスぎりぎり、ドリフトで体勢を立て直し、ダンロップカーブもインぎりぎりのコースで抜け、タイムロスに注意する。

一位の後ろにぴたりとつけて、最終カーブでアウトからドラマを作る。瞬間の判断でコース取りを読んだレーサーはハンドルをアウトに切りマシンの尻を滑らせ、インから一位を抜き去り、観客席沿いの直線に入るためのカーブに差し掛かった。

勝利の歓喜の中、観客席側フェンスへとマシンを走らせた。ぎりぎりでブレーキを踏み込んだ。ペダルは何の抵抗もなく沈み込み、フェンスに激突した。無数の破片が四方に飛び散り、シートベルトはちぎれ、レーサーは投げ出されて芝生の上に叩きつけられた。

半井(なからい)麗央、二十三歳、時間が止まった。